ジャニーズ事務所の藤島メリー泰子名誉会長が、肺炎のため今月14日に亡くなった。93歳だった。少年隊など多くのアイドルを育てたほか経営者としても手腕を発揮し、弟の故ジャニー喜多川さんを支えた。長きにわたり親交を深めてきた黒柳徹子さん(88)は「私の生涯において、あんなに思いやりのある人はいなかった」と語る──。
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60年くらい前、出演番組のスタジオで初めて会ったときからずっと、メリーさんは何も変わらなかったです。第一印象は「強い人」でした。でも怖いという感じではなかった。
ジャニーズのライブのリハーサルでは、ディレクターに「あの子はとってもいいんだから、もっと前に出しなさい」なんて指示していました。指名された子はその後スターに上り詰めたので、さすが見る目があるんだなと思いました。あくまでプロデューサーはジャニーさんですけど、メリーさんも現場で気づいたことはちゃんと言うし、衣装など細かい部分にいつも気を配っていました。
二人でアクセサリーのセールに出かけたとき、私が自分用のお買い物をしている横で、「今舞台に出ているあの子のズボンにつけたらどうかしら」って言いながら飾り物をいくつも買っていました。いつでも頭の中には事務所のみんなの姿があったんですね。
私のお芝居を見に来てくださるときは、必ず若いタレントさんたちを5、6人連れて来るんです。海外の演目だから若い人には難しいと思うんだけど、「いいものは見ておきなさい」って。まだ17歳くらいでズボンを腰まで下げた長瀬(智也)君もいました。
メリーさんは、人前で自分の仕事論を語ることはしませんでした。でも長年その姿を見ていると、タレントのためなら、とことん身を尽くして働く人なんだってわかります。心の底から仕事が好きだったんでしょうね。
年齢を重ねてからもエネルギッシュにお仕事をされていました。二人で一緒に車に乗っているときもひっきりなしに電話がかかってきて、てきぱき指示を出していました。本当につい最近まで、そんな感じでした。