そんな中。巨大なビーチサンダルの上に乗ったひとりの小柄な女性が、マッチョな男衆に担がれてステージへ。御存知、オーストラリアが誇る歌姫カイリー・ミノーグさんの登場です。メルボルン出身のカイリーは、80年代後半から90年代前半にかけて、特に豪・英で一世を風靡したアイドル歌手。マドンナに次ぐポップアイコンとしてゲイの人たちからも絶大な支持を集めていました。90年代中盤以降はしばらく低迷し、音楽性もアンダーグラウンドな傾向になっていたものの、その間もずっと彼女を支え続けていたのは、ほかでもない世界中のゲイたちでした。

 それは彼女なりのゲイシーンへの感謝とリスペクト、そしてストレート社会へ向けた小粋なメッセージだったのでしょう。ドラァグクイーンのドサ回りを描いたオーストラリア映画の傑作『プリシラ』を彷彿させる出で立ちで、その夜彼女が歌ったのは、数ある自身のヒット曲ではなく、なんとABBAの『ダンシング・クイーン』(ゲイにとってアンセム中のアンセム)だったのです。

 こうして再びポップス界への復活を高らかに宣言した歌姫を全世界が歓迎し、それに合わせてスタジアム中の観客やアスリートたちが踊る。こんなにウィン・ウィンな演出がかつてあったでしょうか。翌年リリースしたアルバムは、80年代を上回る勢いで世界中のチャートを席巻し、今も唯一無二のゲイアイコンとして愛されているカイリー。五輪閉会式御用達になっても良いかもしれません。

ミッツ・マングローブ/1975年、横浜市生まれ。慶應義塾大学卒業後、英国留学を経て2000年にドラァグクイーンとしてデビュー。現在「スポーツ酒場~語り亭~」「5時に夢中!」などのテレビ番組に出演中。音楽ユニット「星屑スキャット」としても活動する

週刊朝日  2021年9月3日号

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