■過去にもあった「核クライシス」
「たとえドンバスがウクライナ側に戻っても爆弾を抱え込むようなもので、ドンバス住民のほうの人権状況も悪化する。国際法と住民の幸せが一致しないのですから、難問です。新しい国境を双方が承認することが大切ですが、難しい課題です」
結局、14年以降8年間のクリミアやドンバスのように「非承認国家・地域問題」は残るという。
「私は、少なくとも国際社会が非承認国家・地域住民の人権を無視するのはやめてほしいと思います。彼らは戦争捕虜が拷問死しても国際法廷に訴え出られません。国際郵便も届きません。ロシアの銀行は国際制裁を恐れて、クリミアに支店を出せない。学生は留学の権利がありませんし、子どもが難病になっても海外で治療を受けさせることができません」(松里氏)
たとえ停戦が成立しても、問題は続きそうだ。
もう一つ懸念されるのは、通常兵器で苦戦するロシアが「戦術核」のカードを切ることだ。
軍事評論家の前田哲男氏は、戦争の歴史から得た教訓として「武器の3原則」を唱える。(1)つくられた兵器は使われる兵器である(2)負けそうになった側はあらゆる兵器を使う(3)一度使うと止めどもなく使ってしまう──。
実際、“核クライシス”は何度か起きかけている。前田氏が説明する。
「記録を遡(さかのぼ)ると、米国の現地軍の司令官は核の使用を何度も進言している。典型的なのは朝鮮戦争で、核の使用を主張して解任されたマッカーサーです。その後、ベトナム戦争、第1次台湾危機、湾岸戦争でも核使用の進言がありましたが、そのたびホワイトハウスは却下してきた。今回のウクライナ事態でクレムリンはどう判断するか。いま各国の指導者たちは心もとない」
日本の岸田文雄首相は被爆地・広島出身だが、残念ながら仲裁や核使用を思い止(とど)まらせる語彙力など持ち合わせていそうにない。(本誌・亀井洋志)
※週刊朝日 2022年12月2日号