80歳を過ぎた人間が、病院に行くのに何をためらうのかと思われるかもしれません。しかし、病院という場所は、一度行くと必ずどこか悪い部分を見つけて、たばこをやめなさいとか、甘いものは控えなさいとか、行動を制限してくるものです。そうした現代の医療システムに巻き込まれたら最後、もう抜け出すことはできません。それがむやみに病院に行きたくない理由です。
それでも病院に行く決心をしたのは、家族に無用な心配をかけたくなかったのと、病院に行く3日前くらいからひたすら眠くて、ほとんど寝てばかりいたので、「これはさすがにおかしいぞ」と、私の体の声が聞こえたからです。
体の声とは、自分の体から発せられるメッセージです。体調の変化やいつもと違う状態になれば、体は何らかのメッセージを伝えてきます。しかし、日本人は体調の変化があっても我慢して、いつの間にか環境に適応してしまいがちです。自分の体の良い状態がわからなくなってしまい、それがストレスとして蓄積されていきます。そうなれば、体から発せられるSOSのメッセージに気づけなくなってしまいます。
そして体の声がわからないと医師に頼りきりになってしまう。医師から言われるままに過剰な医療や薬を与えられ、食事や行動を制限されるという現代の医療システムに、簡単に組み込まれてしまうわけです。
医療の現場はすっかりデジタル化されました。かつては聴診器で胸の音を聴いたり、顔色を見たりすることが重要でしたが、今では医療データのほうを重視します。データ化されていない、胸の音とか顔色は診療の邪魔になります。いわば生身の体が医療にとってノイズになっているのです。このへんの話は、ぜひとも今回治療をしてくれた中川医師との共著『養老先生、病院へ行く』を読んでいただければと思います。「中川医師なら診てもらおう」と思ったのは、がんの放射線治療が専門で、終末医療の造詣も深いから。終末医療には患者自身と向き合う必要がありますし、私のような「医療界の変人」への対処法もよくわかっているので、その安心感もあったからです(笑い)。