■味噌づくりや野菜づくりは食べるところまでエンタメ
だが、高坂さんの話を聞いて、目からうろこが落ちた。
「自分で米や野菜を作れば、『会社を辞められない』世界から抜け出せるぞ、と直感しました。その後、匝瑳市にある4LDKの知人宅に家賃1万円で間借りできると聞いて、心が動いたんです。当時は渋谷区の広めの1Kで家賃約12万円のアパートに、彼女(友美さん)と住んでいましたから。でも、移住したら虫の多さや湿気のスゴさに、約2カ月半で挫折したんですけどね……」(熊谷さん)
しかし、東京に戻ろうとは考えなかった。米や味噌を自給する生活が楽しかったし、貯金もなかった。無農薬米や有機野菜の栽培を続けられる、千葉県内の別の場所へ移り住んだ。
現在暮らす60平方メートル弱の2LDKは、駐車場付きで家賃は7万円台。渋谷と比べ家賃は約5万円減り、広さは約2倍になった。今は匝瑳市とは別の場所にある有機農園で、無農薬米の栽培を再開する一方、その農園主が育てた野菜が月5千円で取り放題というサービスを利用中。同農園内で、約20種類の有機野菜を育ててもいる。
友美さんは一見面倒臭そうな味噌や野菜づくりは「実はエンタメ」と話す。
「味噌づくりは、友人たちとわいわい仕込むのが楽しいんです。米や野菜は種や苗から育てて収穫して、どう料理しようかと考えて、2人でおいしいねと食べるところまでエンタメ。自分たちの命につながる楽しいイベントです」
熊谷さんの仕事観も大きく変わった。現在の自宅に転居後、オーガニックカフェでアルバイトしていた頃の話だ。
「店舗もお洒落で、店長も素敵な方でしたが、自分の時間を切り売りして、その対価としてお金をもらう働き方はもう無理だと実感しました。好きな農作業か、新しい漫画の企画でも考えているほうが、絶対に楽しいですから」
会社員時代の年収は400万円強だったが、脱サラ後200万円台に減り、現在は漫画の連載開始で400万円台ペースに再上昇した。(ライター・荒川龍)
※AERA 2021年9月27日号より抜粋