熊谷さんと友美さん。サトイモ栽培中の畑で(写真:熊谷さん提供)
熊谷さんと友美さん。サトイモ栽培中の畑で(写真:熊谷さん提供)

■週休3日を選択、「稼がない自由」を体現

 彼が2010年に出版した『減速して生きる ダウンシフターズ』は、米国発の「ダウンシフター(減速生活者)」という暮らし方を、日本に広めた一冊だ。原典は米国人経済学者ジュリエット・B・ショアの著書『浪費するアメリカ人』(00年刊)。1990年代後半の米国で大都市から地方へ移住し、消費主義から抜け出して減収前提に生活を見直し、自分に快適で、意義のある暮らし方を実現した人たちのことだ。

 高坂さんは大手百貨店を30歳で退職、都内でオーガニック居酒屋を開業。週休1日から始めたが、「昼寝と無農薬米づくりを楽しむため」、最終的に週休3日にし、「稼がない自由」を体現した。百貨店時代は年収600万円だったが居酒屋時代は350万円、移住後は180万円とダウンシフトしながら、貯金できる生活を確立した。

「今は個人と社会の幸せをテーマに暮らしています。個人としては、何事もすぐにお金で解決せず、時間をかけてでも自分でできるようになること。今は屋根の修繕を自力で続けています。自分ができる手仕事を増やすことが本当のクリエイティブだと思います」

 社会の幸せとは、持続可能な生活を広めていくことと地域社会への参画。

「古民家を仲間と改修して、『農』体験付きの民宿を始めたり、地域の活性化にも関わったりしています」(高坂さん)

 高坂さんとの出会いをきっかけに、ダウンシフト生活を始める人も増えた。

 脱サラ移住した漫画編集者の谷(くまがえ)順平さん(40)の、昨年からの変身ぶりはどこか落語っぽい。元コスプレイヤーで、妻の友美(ゆみ)さん(42)から「引退してしばらく休みたいから養って」と言われ、知人を頼って漫画編集の仕事を探した。講談社「イブニング」の編集長から「君の話が面白いから、漫画にしてみたら?」と言われ、去年から実体験マンガ「漫画編集者が会社を辞めて田舎暮らしをしたら異世界だった件」の連載を開始。単行本2巻が発売中だ。

 実は、黒衣である編集者から原作者への転身は、編集長に会う当日まで、彼の頭には一切なかった。振り返ると、友美さんの「養って」のおかげだ。

 脱サラの発端は14年、夫婦で出かけたイベントで、高坂さんの生活を聞きカルチャーショックを受けたこと。関わっていた漫画雑誌が休刊になり気力が失せ、退職を考え始めた頃だった。

「それまでは会社を辞めることも、東京を離れることも考えたことがない超安定志向でした。『食料はお金を出して買うもので、高い家賃を払い続けるには稼がないといけない。だから会社は辞められない』という考えを、疑ったことがなかったんです」(熊谷さん)

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