
ライター・永江朗氏の「ベスト・レコメンド」。今回は、『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』(川内有緒著、集英社インターナショナル 2310円・税込み)を取り上げる。
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美術館で一枚の絵の前に立つ。そのときぼくは、絵を見ているといえるのだろうか。見えるとはどういうことか。
川内有緒『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』を読んで、ぼくはすっかりわからなくなってしまった。いままで「見える」と思っていたのは何だったのか。
この本は『バウルを探して』や『空をゆく巨人』で知られる著者が、全盲の美術鑑賞者・白鳥建二とさまざまな美術館やアートイベントを見にいくノンフィクションである。ただそれだけなのに、スリルとサスペンスがいっぱい!
いや、危険なことが起きるわけではない。そうじゃなくて先入観や思い込みがどんどん崩壊していくスリル&サスペンス。
著者は目の前の絵について、見えない人にわかるよう説明しようとする。これが難しい。難しいだけでなく、説明するうちに見え方が変わってくる。気づかなかったことや、見間違えていたことに気づく。白鳥がいなければ見えなかったものが見えてくる。
鑑賞回数を重ねるうちに、白鳥が求めているのは、たんに作品の要素を言葉に置き換えたものではないということがわかってくる。展覧会の図録や事典の解説のようなものがほしいわけではない(それならばわざわざ美術館に足を運ぶ必要がない)。鑑賞する人びとの反応や空気なども含めて、作品全体を体験するために白鳥は誰かと美術館に行く。
ぼくは展覧会に行っても、キャプションを読んで、ちらりと3秒ぐらい作品に視線を向けて、それで「見た」「鑑賞した」「わかった」と思っていた。ぜんぶ間違っていた。
※週刊朝日 2021年10月8日号