
林:あ、ちゃんと魚屋さんのしゃべり方になってる(笑)。
中村:だけど、麹町のお屋敷町だから乾物屋さんがないんですよ。やっと探して行ったら、乾物問屋さんだったんですね。「ワカメください」「はいよ」って幅が30センチぐらいあるワカメを一束渡されたんです。それを買って帰って、いちばん大きな鍋に水を入れて、ワカメをそのままバシャッと入れて火をつけたら、お鍋のふたが持ち上がって、ブリヂストンタイヤみたいなのが躍り出てきたの。
林:アハハハ、おかしい。
中村:びっくりしちゃって、神津さんに「これ、どうやって食べたらいいんですか?」って聞いたら、「スープ皿にふくらんだワカメを入れて、ナイフとフォークで食べよう」って(笑)。なんにも知らない奥さんだったの。
林:神津さん、優しいですね。
中村:そうかしらねえ。そんなことがたくさんあったわ。これも新婚のとき、旦那さまのお出かけの前は、コートを肩にかけて、「行ってらっしゃいませ」と送り出していたんです。でもあるとき、彼が帰ってきてコートを脱がせたら、なんだか硬いものが入っていたの。どうもハンガーを入れたまんま着せちゃったらしくて(笑)。
林:ほんとですか。洗濯の札はよくつけたまま着ますけど、ハンガーはさすがにないですね(笑)。
中村:そのまま着て帰ってくるっていうのもすごいでしょ。
林:いろいろ驚かされるけど、退屈しない楽しい日々だったんじゃないですか。ところで、『メイコめい伝』に書いてあった、作家の吉行淳之介さんとの交流も、とてもおもしろかったです。
中村:当時、「アルバイト」っていうのが新しい言葉で、カッコよく聞こえたんですよ。まだ10代のころかな、私は女優だけど、父に、「パパ、私、アルバイトっていうのやってみたい」って言ったんです。父は「それはおもしろい、いい経験になるかもしれない。でも、メイコにできる仕事、あるかなあ……」なんて言ってましたけど、作家(中村正常)ですから、知り合いの雑誌社に聞いてくれて、神田でアルバイトすることになったんです。そこは「読切倶楽部」と「実話雑誌」という大衆誌を出していて、編集者が若き日の吉行さんだったんです。なんてすてきな人だろうと思って一目ぼれしたんですよ。