「どうしてばあばは、じいじのことを『おとうさん』って呼ぶの?」
5歳の娘をわたしの両親に預けたときのことです。帰ってくるなり、娘が発した質問がこれでした。ばあばにとってじいじは父親ではないのに、どうして「おとうさん」と呼ぶの?
日本語は、とりわけ家族間では互いのことを親族呼称で呼ぶことが多い言語です。たとえば結婚した男女は、それまで名前やあだ名で呼びあっていたとしても子どもができると互いを「パパ・ママ」「おとうさん・おかあさん」と呼ぶようになります。最近はそれに当てはまらない、名前呼びを通す夫婦も増えているそうですが、高度経済成長期の前半ごろ生まれたわが両親は、わたしが物心ついたときからずっとお互いを「おとうさん・おかあさん」と呼んでいました。30年以上そうなので、親族呼称の視点となる子ども(わたし)がその場にいなくても、未だに「おとうさん・おかあさん」と呼び合っているのだと思います。
わたしの娘が育ったアメリカでも、親族呼称は使われます。たとえば子どもとカードゲームをしているときに、父親が「It’s Daddy’s turn!(おとうさんの番だぞ!)」というとか、靴下がうまく履けなくて困っている子に、「Let Mommy do it.(おかあさんにやらせて)」というとか。でも親族呼称の視点となる対象に呼びかける際に使うのが基本なので、日本語のように夫婦間で互いをDaddy・Mommyと呼ぶことはほぼありません。そんなわけで娘の目には、自分の祖父を「おとうさん」と呼ぶ祖母の姿が奇妙に映ったのでしょう。
日本生まれの日本育ち、自分の両親が互いを「おとうさん・おかあさん」と呼び合うのを見て育ったわたしも、この親族呼称使用の文化に戸惑ったことがあります。アメリカで約5年暮らし、ちょっぴりアメリカナイズドされて日本に帰ってきたあと、妊婦健診で産科へ行ったときのことです。看護師さんに「パパは育児に協力的ですか?」と聞かれて、本当にコンマ一瞬ですが、「なんでいまここで自分の父親について聞かれるんだ……?」と混乱したのです。もちろん日本語話者として、一瞬の混乱ののちにすぐ「パパ=お腹の子の父親=自分の夫」という解を導き出したのですが。日本語の親族呼称はいちばん年少の人間を視点に使用されるといいますが、まだ生まれていない胎児も視点の対象になるんだ、間違いなく最年少だもんな……と感慨深く思いました。