取材中も大谷氏(左)の周りは笑顔が絶えない。とにかく優しくて愛に溢れた人柄を感じさせる人物だ
取材中も大谷氏(左)の周りは笑顔が絶えない。とにかく優しくて愛に溢れた人柄を感じさせる人物だ

 もちろん、彼は優れた経営センスの持ち主でもある。音楽事業は、音源の販売、ライブ制作、グッズ販売などをすべて手掛ける“360度契約”をいち早く取り入れ、CD不況のダメージを最小限にとどめながら成長。また飲食事業では、チェーン店にはない個性的な店づくりによって、アートや音楽好きの若者から支持を獲得してきた。

 共通しているのは「自分のセンスを信じる」というポリシーだ。

「最初に『宇田川カフェ』を作ったのも、会社がある渋谷に自分の好きな店がなかったから。他の店もすべて“こんな店があったらいいな”という発想だし、社員に任せるときも“俺が自慢できる店にしてね”だけ。どんなにいい条件の物件があったとしても、自分が行かない場所には店を出さないんです(笑)」

■混沌とした社会を、パンクな気持ちで乗り切る

「子どもの頃からなぜか39歳で死ぬと思っていた」という大谷氏は、40代になった途端に「あとは余生」とばかりにセミリタイア状態に。サーフィンや海外リゾートをのんびり楽しみ、気が向いたときに店を作るという悠々自適な日々を送っていた。そんなときに襲ってきたのが、コロナだったというわけだ。

 その影響はまだ続きそうだが、 “渋谷の黒豹”は「ウチは大丈夫。仕事も増やしたし、あとは楽しく借金を返すだけだから。来年から俺は働かないよ」と楽しそうに笑う。この秋には、自らプロデュースしたパンク系アイドルグループ「東京サイコパス」をデビューさせるなど、自由奔放な活動はさらに勢いを増している。

「コロナで社会が1回壊れちゃったし、今の自分の気分はパンクなんだよ。もともと混沌のなかにいるのが好きだし、そのなかで波乗りするのも得意だし。まあ、コロナの波はかなりデカかったけど(笑)」

 大谷氏は今年9月、自身の半生を綴った本『CREATION OR DEATH 創造か死か from SHIBUYA』を上梓した。その理由は、ワンマン社長にありがちな業績の自慢……ではなく、「“イズム”を社内のスタッフに伝えるため」だという。

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人の思い出に残りたいだけ