白井晃さん(撮影/二石友希)
白井晃さん(撮影/二石友希)

 演劇と出会う前のことだ。白井晃さんは、他者との関係の中で、うまく“自己”というものを築けない自分に悩んでいた。ままならない自分と社会との関係に悶々とし、常に、自分とは何か、他者とは何か、世界とは何かを考えていた。そんな青臭い疑問を胸に抱えているうちに、演劇と出会った。古の時代から、似たようなことで悩んでいる人たちがいること、またそういったテーマの戯曲に取り憑かれた“演劇人”と呼ばれる人たちが世界中に大勢いることを知って、救われた気分になった。

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 早稲田大学演劇研究会出身のメンバーを中心に、1983年に劇団「遊◎機械/全自動シアター」を立ち上げ、2002年に解散してからは、ストレートプレイからミュージカル、オペラまで、幅広い舞台の演出を手がけている。14年から7年間は、KAAT神奈川芸術劇場のアーティスティック・スーパーバイザーと芸術監督を歴任した。

 9月には、日生劇場で、ミュージカル「ジャック・ザ・リッパー」が上演され、10月にはシアタークリエで鈴木京香さん主演の「Home’I’m Darling~愛しのマイホーム~」、11月には草なぎ剛さん主演の「アルトゥロ・ウイの興隆」と、立て続けに演出作品が続く。中でも、「Home’I’m Darling~」は、今の、このコロナ禍にこそ見てほしい舞台だという。

「19年にイギリスの名誉ある演劇賞であるローレンス・オリヴィエ賞を受賞した作品です。一見喜劇のようで、コミカルなシーンも多いのですが、全体としては、折り合いのつけにくい社会の中で、なんとか自分にとって居心地のいい場所を探そうとしてもがく夫婦の姿を描いています。台本を最初に読んだときは、現代の風刺だと思いました」

 主人公のジュディは3年前に職を失い、愛する夫のために、専業主婦として1950年代の完璧な主婦になることを決意した。その上で、偏愛する50年代のファッションやインテリアに囲まれた生活を送っている。やがて思わぬことがきっかけで夫婦の積もり積もった隠し事や心に秘めていたことがあらわになり、幸せだった家庭は崩壊の危機に直面するというストーリーだ。

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