白井晃さん(撮影/二石友希)
白井晃さん(撮影/二石友希)

「自分が生まれる前の時代に憧れて、そのライフスタイルをそっくりまねようとするのは、日本でいう“おたく”の人の感覚に近いのではないかと思うんです。理想と現実との折り合いがつかず、自分が少しでも生き生きと生きられる場所を模索している人は、日本にもすごく多いでしょう? 今この時代に、うまくこの社会を受け入れた上で商売をやっている人たちは──たぶんIT企業などに大勢いると思うんですが、彼ら、彼女らはちゃんと現実社会が自分の生き場所になっている。でも、そこに自分の生き場所を見つけられない人たちは、なんとかして、趣味の世界だけでも、生き場所を探ろうとする。だから、ジュディは“レトロおたく”なんです」

 自分が心からハマっているものに対して時間を費やしているときに、生きる実感を覚える──。誰もがそうやって自分だけの“推し”を持つことが推奨される時代に、ジュディの生き方に共感する人は多いかもしれない。

「ジュディが解雇されるとき、『この社会が私を必要としていないならば、私は私の社会を作ればいい』と宣言します。でも、結果的に夫を自分の趣味に巻き込もうとして、夫は妻に息苦しさを感じるようになる。自分一人でなら生きやすい場所でも、そこで誰かと共生するとなると、やはり折り合いや歩み寄りは必要になってきてしまう。コロナ禍で、どう他者とつながっていくか。まだまだ人と会うことが制限された日常の中で、どう自分が生き生きといられる場所を作ることができるのか。それが誰にとっても切実な問題になっている今、この作品のセリフが心に響く人は結構いるのではないかと思うんです」

 戯曲の説明を聞いていると、不思議と、白井さんが10代の頃に悩んだという、「他者とは何か」「自己とは何か」というテーマにも相通じるものがあるように思えてくるが。

「僕は、作家ではなく演出家です。演出家のずるいところは、『この作品を、私はこう読み、こんなふうに解釈したんですがどうでしょう?』と、自分流の味付けで作品を提示できるところなので、無意識的に、自分の好きなテーマに寄せているのかもしれません(笑)」

(菊地陽子 構成/長沢明)

白井晃(しらい・あきら)/1957年生まれ。大阪府出身。早稲田大学卒業後、1983~2002年「遊◎機械/全自動シアター」主宰。14年KAAT神奈川芸術劇場のアーティスティック・スーパーバイザー、16年芸術監督に就任。21年3月に退任後も、旺盛な創作活動を続ける。11月、KAAT神奈川芸術劇場で「アルトゥロ・ウイの興隆」、来年1月、世田谷パブリックシアターで「マーキュリー・ファー」が上演予定。

週刊朝日  2021年10月22日号より抜粋