社長は、「奥さんにバレたらまずい」と焦ったというが、女性社員にはそんな意識はなにもなかった。結局、別の女性社員も同行して部屋をとることになり、この件は決着。本当にホテルの部屋でひとりで寝るのが怖かったようだ。
その話をKさんにすると、
「よくわかります。本当になにかに恐れていた風でした。私や子供がいるのにね。日本暮らしへの不安と部屋の狭さ、生理の体調が重なってしまったんでしょうか」
4日目、KさんはLさんと子供をいったんタイに戻す決断をした。
その後、少しずつだが落ち着いてきた。タイ大使館のスタッフが親身になって相談にのってくれた。ルーターを借り、タイと頻繁に電話ができるようになったのも支えだった。
その途中、MySOSというアプリからビデオ通話がかかってくる。きちんと自主隔離をしているか居場所を確認することが目的だ。Kさんはともかく、Lさんはとても応対できる状態ではなかった。帰国するための書類が必要で、タイ大使館機関に行く必要があった。その間は居場所確認に応対できないと入国者健康確認センターに伝えると、
「こちらでは了承することはできません」
という返事。とても相談できる雰囲気ではなかったという。
その後、Lさんと子供はタイへ戻った。いま、タイのホテルで隔離生活を送っている。水際対策としての隔離。当事者たちへの心のケアが抜け落ちている。
■下川裕治(しもかわ・ゆうじ)/1954年生まれ。アジアや沖縄を中心に著書多数。ネット配信の連載は「クリックディープ旅」(毎週)、「たそがれ色のオデッセイ」(週)、「沖縄の離島旅」(毎月)、「タビノート」(毎月)。