経済学者で同志社大学大学院教授の浜矩子さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、経済学的視点で切り込みます。
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アメリカ中間選挙の開票速報を観ながら本稿を書いている。最終結果はまだ判明していない。だが、ドナルド・トランプ氏の存在感が実に気になる。アメリカは、この人を再び自信満々にさせてしまうのか。
アメリカは、トランプ政権下で起こった諸々のことを忘れてしまったのか。議会襲撃事件があった。機密文書の勝手持ち出し問題があった。敵対勢力と思しき人々をとことん口汚くののしる政治があった。侮蔑と差別と排除に満ち溢れていた。暗闇地獄からアメリカを引っ張り戻す。そのためにバイデン政権誕生をもたらした。それが前回の大統領選ではなかったのか。
中間選挙で、時の政権政党が苦戦するのは、今に始まったことではない。バイデン政権の政策運営に下手くそな面や勘違いがあったことも否めない。だが、今回の選挙結果次第では、トランプ氏が次期大統領選に再出馬する可能性がある。彼のカムバックを待望している人々がそれだけいるとなれば、アメリカの魂はどうなってしまったのか。
アメリカはいつからこうなったのか。いつもこうだったのか。いつまでもこうなのか。
ここで思い出すのがある経済学者の言葉だ。その人はアルフレッド・マーシャル(1842~1924年)。かの「ケインズ経済学」で有名なジョン・メイナード・ケインズの師匠である。
マーシャル先生は、学問を志す者には冷静な頭脳が必要だが、同時に温かき魂がなくてはならない(cool heads but warm hearts)と言った。ケンブリッジ大学の教授就任講演の際の言葉だと言われるが、学生たちをロンドンの貧困地域に連れていった時の発言だともいわれる。