落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は「行楽」。
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私の生まれは千葉県野田市。千葉北西部の突端。千葉県公式キャラ「チーバくん」の鼻の頭。野原の「野」に、田んぼの「田」。字面からして都会であることを完全に放棄した街である。行楽シーズン、とはいえコロナ禍。第6波の恐れもあり、ちょっと観光に及び腰になっている皆さんに、東京からほどほどに近く、鄙びた空気もまだ残る我が故郷・野田を推してみたい。
まず野田と言えば、勿論『醤油』なのだ。江戸時代から醤油作りで栄えたソイソース・シティ。東武アーバンパークライン(野田線)野田市駅に降り立ってみよう。ただ今絶賛、高架化進行中。なかなか出来上がらない『東葛飾のサグラダファミリア』こと野田市駅のホームから周囲を見渡すと、右には醤油工場、左にも醤油工場。作業着を着ていない自分が恥ずかしくなるような光景。そして漂ってくる醤油の香り。野田市民は正直その匂いに慣れ過ぎてピンと来ないのだが、初めて訪れる人に言わせると電車の扉が開いた瞬間、「通り魔に突然あたまから醤油をぶっかけられた」ような衝撃らしい。「鼻をヒクヒクさせるだけで刺し身が食えそうな」フレグランスなんだって。野田はまず空気を味わおう。
駅を降りた皆さんはどこに行くべきか迷うだろう。駅近のキッコーマン「もの知りしょうゆ館」(※現在休館中)もいいが、まずはイオンノア店(旧ジャスコ)を目指そう。地元の年寄りは未だに「ジャスコ」と呼ぶイオン。「ノア」とは野田市駅と愛宕駅の間にあるから、頭文字をとって「ノア店」。ノアにはなんでもあるのです。だって方舟だもの。先日はこのコロナ禍でドライブインシアターがまさかの復活。隣接する「もりのゆうえんち」には開業当時北関東一の高さを誇った観覧車。最高地点から見下ろすだだっ広い関東平野。おできのような筑波山。冬場は火を放つとドンドン燃え広がるだろうなぁ……と思わせる真っ平らな乾燥地帯。ひと時の天下人気分はいかがでしょう。