ウズベキスタンで「アフラシャブ号」のVIPクラスに乗ってみました。数々の食事、飲み物が提供されて、それは「豪華」な列車旅なのですが……(食べきれなかったそうです。撮影:大木茂)
ウズベキスタンで「アフラシャブ号」のVIPクラスに乗ってみました。数々の食事、飲み物が提供されて、それは「豪華」な列車旅なのですが……(食べきれなかったそうです。撮影:大木茂)

 ちなみに、写真撮影についてまとめたページは「もちろん皆さんは各自の責任においてお願いします」と、結んでいる。

「そう。それで捕まって、大木が言ったからと撮った、と言われても困るんだよ(笑)」

 さて、中国の出国検査は5時間かけてようやく無事終了。国際列車はカザフスタン国境に向けて動きだした。

 中国領と緩衝地帯の間には有刺鉄線が何重にも設置され、その奥に五星紅旗がはためく監視塔が見える。

「最初、カメラを持って列車の通路に立っていたら、警官が『撮っちゃダメだ!』。そうかよ、そうかよ、って。簡単には引き下がれないわけさ。いったん部屋に入って、警官がいなくなったからずいぶん撮った。これは、その写真なんです」

繊細な文様の上に、ステンドグラスを通ったゴージャスな色がのって不思議なハーモニーができあがりました。イラン・シーラーズ、ナシール・アル・モルク・モスク(撮影:大木茂)
繊細な文様の上に、ステンドグラスを通ったゴージャスな色がのって不思議なハーモニーができあがりました。イラン・シーラーズ、ナシール・アル・モルク・モスク(撮影:大木茂)

■ペルシャを通らないと成立しない

 中央アジアの国々でも国境越えの問題に直面した。カザフスタンとウズベキスタンの間は2週間に1本と、列車の運行本数が極端に少なかった。それどころか、列車では越えられない国境もあった。

「このルートだとね、イランに入る手前、トルクメニスタンの前後で旅客列車の運行が切れているんだよ。レールは周辺国とつながって貨物列車は走っているんだけれど、旅客列車の運行がない。そこは非常に苦労したね」

 ソビエト時代、中央アジアには各地をつなぐ列車がたくさんあった。ところが、各国が独立するとナショナリズムの高まりなどで連絡列車が極端に少なくなるか、なくなってしまった。

「実は10年ほど前、旅行作家の下川裕治さんも同じ苦労をしているんだよ(下川さんの旅の相棒、写真家・阿部稔哉さんとは、旧知の間柄だそう)。それで、下川さんはカスピ海の北、ロシアをまわって西に抜けようとした。だけど俺は、ペルシャ(イラン)を通らないと、この旅は成立しないと思ってさ。それでこのルートにこだわった」

 仕方がないので、ウズベキスタンからトルクメニスタン、さらにイランとの国境では駅と駅の間をタクシーを乗り継いで移動した。

「イランは面白かったな。この国に対していろいろ言う人はいるけれど、いい人というか、やさしい人が多いよ。ウズベキスタンの人もやさしい。ただ親日的というだけじゃなくて、誰に対してもやさしいね。今回の旅でいちばん感じたのは貧しい国の人ほどやさしいということ。貧しいとね、お互いに助け合わないと暮らせないんだよ。そういうことだと、俺は思うんだ」

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「大衆写真」にこだわった展示