■人生最大の捨てること
人間だから、欲望は捨てられない。でも、本当に欲しいものを手に入れるためには、要らぬ欲をそぎ落とすこと。欲を持つことと、欲を捨てることは共存しうる、と解釈した。
その寂聴さんが「人生最大の捨てることだった」と振り返るのは、やはり出家したときのこと。
「無知な女のままでいたくない」と不倫相手のもとに向かった寂聴さんは、気づけば流行作家になっていた。寝る間もなく売れる小説を書く日々。だが、あるときふと、本当に書きたい小説なのか疑問が浮かんだ。
「小説のバックボーンになるような思想を身につけるために出家した。家財道具も何もかもいっさい捨てて」(同)
道ならぬ恋を捨てて、書くことを選んだ瞬間だった。
以来、数々の小説をつづり、400冊以上を出版。最後の長編となった『いのち』では、「生れ変っても、私はまた小説家でありたい」と語り、同時代を生きた作家、大庭みな子(1930~2007)と河野多恵子(1926~2015)との交流を描いている。2人との関係について、18年5月28日号ではこう話している。
「それぞれ性格も育ちも恋愛観も違いましたが、唯一、共通していたのは文学に対する真剣な眼差(まなざ)しです。日頃、悪口を言い合っていても、文学のことになると瞬時に分かり合える。(中略)私もはやくあちらに行って、3人で一晩中、また喋(しゃべ)り明かしたいと思っています。あらゆる作家の悪口を言いながら、笑い転げるの」
あちらでもお元気でいてください。(編集部 福井しほ)
欲や煩悩が尽きないのは当たり前。それを捨てたら、穏やかな日常を送ることはできるかもしれないけれど、豊かな人生だとは言えないわね。
「捨てる哲学」について(2014年3月31日号)
96年生きてきても、まだ体験したことないことだってあるじゃない。例えば、牢屋に入るとか(笑)。
表紙インタビューで(2018年5月28日号)
私がいつ死んだってうわさを聞いても、悲しまないで下さいね。「楽になったな」って思ってください(笑)。
仲代達矢さんとの対談で(2010年6月14日号)
若いときの傷ってのはね、心に受けた傷でも舐めときゃ治るんですよ。
仲代達矢さんとの対談で(2010年6月14日号)
恋愛をするためには、社会のアウトローになる決心がいった。書くことで、恋愛や性を制約していた因習の壁を破ろうとした。
自由恋愛についてのインタビューで(1991年5月21日号)
そもそも私は井上さんとの関係を不倫なんて思ってないの。(中略)たまたま奥さんがいたというだけ。好きになったらそんなこと関係ない。雷が落ちてくるようなものだからね。
井上光晴さんとの不倫について 娘の井上荒野さんとの対談で(2019年2月18日号)
生まれ変わっても私は小説家であり、女でありたい。
表紙インタビューで(2018年5月28日号)
価値観がガラッと変わって。これからは自分で、手で触って感じたそのものしか信じまいと思って帰ってきたんです。
戦争経験を振り返って 仲代達矢さんとの対談で(2010年6月14日号)
文学者はただ書くだけではなく、少しでも世の中がよくなるように行動しなければならない。このままでは死んでも死に切れない。
表紙インタビューで(2018年5月28日号)
変わった仕事が入ると、周りはすぐ、「晩節を汚すな」って止めるんです。そしたらかえってムキになってわざとそれをやりたくなる。やらないで無事より、失敗しても未知のものに挑戦する方が面白い。
人生の折り返しについてのインタビューで(2004年10月15日号)
恋とは革命よ
国会前デモの後、寂聴さんを訪ねた若い女性に向けて(2018年5月28日号)
※AERA 2021年11月22日号