美学者の伊藤亜紗(右)、伊藤が持つ分身ロボット「OriHime」を遠隔操作している外出が難しい女性、さえと、非接触による接触の可能性を共同研究する。湧き水や鍼灸の感触などを砂連尾が身体で伝える。中央は鍼灸師の難波創太(写真=岸本絢)
美学者の伊藤亜紗(右)、伊藤が持つ分身ロボット「OriHime」を遠隔操作している外出が難しい女性、さえと、非接触による接触の可能性を共同研究する。湧き水や鍼灸の感触などを砂連尾が身体で伝える。中央は鍼灸師の難波創太(写真=岸本絢)

■共演した女性の右手が 50年ぶりに動き体に触れた

 砂連尾理は本名である。父方のルーツは日本海に面した兵庫県浜坂町(現・新温泉町)で、砂連尾姓は全国に20世帯ぐらいらしい。高校時代、ポメラニアンのサムを診せた動物病院で名乗ったら、「犬ではなくあなたの名前を」と聞き返された。

 私は砂連尾と小4から中3まで同級だった。「じゃこ」「サトゴン」と呼び合い親しくしたが、いわゆるとがったところはなかった。久々に名前を見たのは15年、朝日新聞の「折々のことば」欄で、哲学者の鷲田清一が、認知症の人とダンスをする舞踊家として取り上げたときか。ダンサーになると聞いていたが、こんな道を歩んでいたのか。翌年も、朝日新聞に載った著書『老人ホームで生まれた<とつとつダンス>』の書評が目にとまる。そして今年7月、30年以上ぶりに再会した。

「とつとつダンス」は、砂連尾が09年から、京都府舞鶴市の特別養護老人ホーム「グレイスヴィルまいづる」で、毎月1回、認知症のお年寄りたちと開いているワークショップである。身体によるコミュニケーションのようなものだ。

 まつげとまつげを触れ合う。鼻息を交換する。目だけで会話する。線香の煙で相手の体をなぞる。鏡に映る自分より速く動く。自分の影と踊る。石に語りかける。光になってみる……。

 施設長の淡路由紀子(58)には、ときにケアの一線を越えていると映ったが、入居者たちは平然としていて、集中力がすごい。終わると穏やかな顔になる。とつとつに携わる臨床哲学者の西川勝は「砂連尾さんは彼らと遊び、共鳴しながら創造的な世界を作り上げている」とみる。

 砂連尾自身はこう語る。

「人には心身ともに、他人に入られると不快になるパーソナルスペースがあります。僕はそこを越境して、揺らしたい。揺らぎの中で見えてくる表情こそ、その人だったりします」

 一般公演も実現した。14年に東京や大阪で砂連尾と共演した女性は、認知症ではないが、20代で薬害スモンを発症していた。リハーサル中、50年ぶりに右手が動き、砂連尾の体に触れた。

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