
■混乱しているのは僕ら
他界した妻に話しかける父、自分の発言を否定する父、認知症のある人の典型的なふるまいに、衝突してしまう息子。認知症を持つ人の家族なら誰もが体験するシーンがある。
「可能な限り、認知症の人に対して間違っていると言ってはいけないと思った。誤りを指摘してはいけない、と。エゴを、彼に対する自分の要望を捨てることが大切だ。30年前に他界した人と食事をした、とその人が言っても、修正する必要はない。かえって混乱させることになるから。間違って火事を起こすようなことがなければ、修正は必要ないと思う。その人の言う事実や現実が間違っているとして、それを修正する必要があるのか? と自分に問いかけた。修正するのは、それは彼らのためではない、自分のためだよ」
それは、ヴィゴ自身が自らの体験から学んだことだ。
「父はアメリカ永住者だったが、最後にはデンマーク語しか話さなくなった。突然、僕が知らない故郷の町のある駅に親戚を迎えに行ったという戦時中の話を昨日のことのように話したりした。10歳のころに戻ったんだ。認知症についての映画や演劇をいろいろ見たが、かなり僕の視点と異なる。認知症のある人の視点は混乱しているふうに描かれがちだ。僕は、混乱しているのは彼らではなく、僕らの方なんだと思う。認知症の人が感じることをありのままに受け止めることが大切だと思う」
(ライター・高野裕子)
※AERA 2021年11月22日号