それでも、新型コロナウイルスの感染拡大の中で、BGIの“実力”はいかんなく発揮された。
昨年2月、湖北省武漢市をパニックに陥れた新型コロナウイルスに対処するため、BGIは巨大PCR検査施設「火眼」の運営を開始した。
◆弱体化する日本 科学技術で完敗
広東省広州市で今年5月末に約9カ月ぶりに新型コロナの感染者が確認された際には、わずか10時間で「火眼」を設営。6月8日には同市内の体育館で1日最大150万人分のPCR検査が可能になった。同じ時期にPCR検査の少なさが批判されていた日本では、1日あたりの検査数は多い日でも17万人程度。日本と中国のゲノム解析をめぐる実力差は歴然だった。前出の井元教授は言う。
「2018年にBGIの研究施設に見学に行ったことがありますが、巨大なバイオバンクを併設していて、自社の製品でゲノム解析を実施していました。日本でも国産シーケンサーの開発をしていますが、現状では海外の製品の性能に遠く及びません」
コロナ禍で高い技術力を誇示したBGIは、世界各国にPCR検査キットやシーケンサーの販売を拡大している。さらに、世界の医療研究者に向けて、BGIの製品で解析されたゲノムデータを中国政府が出資する遺伝子バンクを通じて共有するよう呼びかけている。
広がる懸念についてBGIに見解を求めたところ、「すべてのデータは国際基準と現地国の規制に従って保護されています。データを中国当局に提供するように求められたことはなく、提供もしていない」と回答した。
技術で中国に大きな後れを取っている日本は、人間の遺伝子という究極の個人情報をどうやって守っていくのか。科学技術政策に詳しい元内閣府参与の角南篤・笹川平和財団理事長は言う。
「ゲノム解析のほかにも、量子技術や宇宙技術など米中が激しく競争する先端技術はたくさんあります。一方で、日本に限らず米国などでも、中国人を含む留学生の力がなければ、世界レベルでの研究開発競争に生き残れません。また、特定の国籍や人種の研究者を排除することは効果的ではありません。重要なのは、先端技術の情報保護を現場任せにせず、国レベルでの情報漏洩(ろうえい)を防ぐルールづくりです」
日本の科学技術の弱体化は危機的状況にある。岸田文雄政権は、それを挽回(ばんかい)するために「経済安全保障」を掲げて5千億円規模の基金を創設すると発表したが、具体的な方策はまだ見えていない。(本誌・西岡千史)
※週刊朝日 2021年12月3日号