この脅威に、米国はすでに警告を発している。米国家防諜(ぼうちょう)安全保障センターは今年2月、中国の医療データ収集が、米国の経済や国家安全保障のリスクになっていると分析した報告書を発表した。そこには、BGIを念頭にこう書かれている。
<中国企業は、中国の国家安全保障法の下で、収集したデータを中国政府と共有することを余儀なくされている。(中略)中国企業が政府のデータ要求を拒否する仕組みはない>
中国政府がゲノム解析に力を入れているのは、データヘルスが巨大なビジネスを生むという明確な理由がある。東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センターの井元清哉教授は言う。
「ゲノム解析は約10年前まで研究段階でしたが、解析能力が向上し、大量にサンプルを集めることが可能になりました。さらに、AI(人工知能)技術を使用してヒトゲノムと病気の関係を調べる技術も進み、がんなどの病気の治療で患者さんごとに効果の期待できる薬がわかるようになってきました。現在は実用化の段階に入っています」
20世紀の米ソ冷戦は、核やミサイル技術など、軍事面での競争と対立が中心だった。それが現代の米中対立では、先端技術をめぐる競争に様変わりしている。
では、なぜ中国製のシーケンサーがここまで急速に影響力を高めたのか。バイオ業界関係者が話す。
「ゲノム解析の最大の問題はコストの高さ。イルミナの約10年前のゲノム解析のコストは1人当たり1万5千ドルでしたが、今では500ドルまで下がりました。ところが、BGIの価格低下のスピードはこれを上回り、現在は100ドル。急速な低価格化の背景には、中国政府からの補助金も影響していると指摘されています。人間の基本情報を解析する最先端科学の分野で、牛丼の値下げ競争のようなことが起きている」
すでにBGIは、スパイ行為疑惑や中国政府とのつながりの深さなどを理由に、米国から制裁の対象にされた中国の通信機器大手のファーウェイになぞらえて、「第二のファーウェイ」とも呼ばれている。