サージカルルーペを通して見える視野は直径8cmほど。4つの眼で寸分の狂いもないことを確認しながら手術を進める (写真提供/奈良原医師)
サージカルルーペを通して見える視野は直径8cmほど。4つの眼で寸分の狂いもないことを確認しながら手術を進める (写真提供/奈良原医師)

 奈良原医師が同病院で働き始めた2008年ごろ、患者の50%以上は救急患者だった。救急で来るということは当然、緊急性が高いため、すぐに治療しなければならない。夜中に飛び起きて手術、外来で待合室に患者がいても手術を優先する、という日常生活を送っていた。手術が終わっても一段落とはいかない。重症患者の場合、術後の不整脈や再出血など、さまざまな対応をしなければならなかった。

 重症ゆえに日曜日も入院患者の様子を見る必要があった。別の診療科の医師がすぐ対応できるほど、心臓手術後の患者の対応は「甘くない」という。結局、週7日で勤務する日々が続いていた。

「1人の患者に対する業務量はかなり多い。忙し過ぎれば医療の質が落ちる可能性もあるし、場合によっては安全性も担保できないかもしれない。このままではだめだ、という危機感がありました」

■起死回生のFacebookで「いいね」3000超え

 そこで上司と一緒に始めたのが、Facebookでの情報発信だ。「当時、病院がSNSで情報発信するのは珍しかった」と奈良原医師は振り返る。内容は、診療に当たって日頃思っていることや一緒に働く仲間のこと、今日食べたランチなど心臓血管外科医の日常をありのままにつづるというもの。これを写真とともに投稿したFacebook記事には3000以上の「いいね」がつき、先駆的な試みとして医療系のメディアで紹介されることもあった。

「発信の目的は自分たちを知ってもらうこと。私たちの人となりを見てもらって、患者さんや他院から少しでも信頼していただけたらと。その結果、こんな先生がいるからここで手術してもらってはどうですかと、他院から患者さんたちが次第に紹介されるようになりました。紹介患者さんの手術は緊急ではなく予定された手術としてスケジュールが組めるので、看護師さんたちも含めて仕事がやりやすい。仕事の予定が立つというのは、救急患者ばかりのそれとは負担感が全く違います。結果的に、手術後の患者さんの病状も安定していることが多くなります」

 手術前の診療にも良い影響があった。紹介で来院した患者と話すと、「先生のことはFacebookでよく見ています」「このあいだ投稿していたお弁当、おいしそうでしたね」と話が始まる。初対面でもうち解けた雰囲気で、患者との信頼関係をつくることができた。

 さらにFacebookを見た医療関係者のなかから、この病院で働きたいという若手があらわれた。働き方改革だけでなく、仲間を増やすこともできたという。

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ついに得た週1の休日に始めたこと