さらに、スタートがマイナスからです。『鬼滅』では主人公の家族が惨殺され、『チェンソーマン』では親友が死に、『進撃の巨人』も圧倒的に強い力を持つ巨人に蹂躙されるところから始まります。
漫画は、時代の空気を映し出す鏡です。それが読者の心に響いたということは、そこにリアリティーを感じているということ。すると、いまの読者は果たして幸せなのかと思ってしまいます。
そのせいか、今の主人公には「優しさ」があります。誰かの喪失を感じて、そのために何とかしてあげたいと思うのは共感能力ですよね。炭治郎は鬼にも共感します。鬼は元人間で何らかの理由で鬼になっている。妹も半分が鬼。
最近転生ものの漫画が多いですよね。一度目の人生で失敗して死んでから、自分や身近な誰かを救うために力を得て蘇る。読者は主人公に同化して物語を読むので、一回ダメだったけれどやり直すチャンスを与えられる、というところに共感を呼ぶ仕掛けがあると考えています。それは、炭治郎がずっと「〇〇していれば妹は鬼にならなかったかもしれない」「家族を助けられたかもしれない」と悔い続けているところにも、つながるように思います。
「誰でもわかる」が強い
――今後、どんな作品がヒットすると考えるのだろうか。
漫画が娯楽としてなぜここまで強いかというと、誰にでもわかるから、です。キャラクターを好きになってしまえば、たとえ難しいストーリーでも入ってくる。ストーリーを進めるのは、わずか7字×3行程度の口語体のせりふのやりとりで、文章を長く読まなくていい。“読ませる”のではなく、“見せている”から、漫画は早く読める。
大ヒットする漫画は、子どもに伝わるもの、もしくは子どもがわかるものだと思います。漫画は欧米では大人が子どもに与えるものですが、日本では子どもが自分で選びとってきたものです。そして、幼い頃に読んだ漫画が、成長しても心に残ります。
ただ、漫画を描く人間は大人ですから、その人が描きたいものを描いていても、子どもの心には刺さらない。ある種のテクニックや方法論を持ち、そのブリッジ作業のできるプロの編集者が漫画家とどんなものを作るのか、ということだと思います。
(構成 /ライター・小松香里)
※AERA 2021年12月6日号より抜粋