■煉獄杏寿郎の「遺言」に対する思い
煉獄の死後、駄々をこねるのを我慢するようになった善逸、普段以上に無茶な鍛え方をする伊之助。そして炭治郎は、この2人の親友がそばにいることで、なんとか悲しみに耐えていた。
<胸を張って生きろ 己の弱さや不甲斐なさにどれだけ打ちのめされようと 心を燃やせ>(煉獄杏寿郎/8巻・第66話「黎明に散る」)
彼らは煉獄の遺志をついで、強い剣士にならなくてはならない。もう誰も死なせてはならないのだ。宇髄は煉獄の訃報に際し、炭治郎・善逸・伊之助の戦いぶりについても報告を受けていたと思われる。彼らが嘆き、悲しみ、それでも鬼殺隊の一員として強くなろうとしていることも把握していたはずだ。そして、宇髄はあらためて彼らの強い正義の心を確信する。
宇髄の思いが炭治郎たちの思いと重なり合う。誰も死なせてはならない。鬼の脅威から「か弱き人たち」を守らなくてはならない。
<勝つぜ 俺たち鬼殺隊は>(宇髄天元/10巻・第88話「倒し方」)
■音柱・宇髄天元の流儀
物語が進むにつれて、宇髄は炭治郎たちを遊郭に潜伏させながらも、細かな情報収集は自らが率先して行い、後輩剣士たちに無理をさせようとはしない。
だが遊郭に潜んでいた「上弦の鬼」は予想以上に強く、宇髄と炭治郎たち鬼殺隊は苦戦を強いられる。鬼との戦いのなかで、こんな思いが宇髄の胸中を駆け巡った。
「俺は煉獄のようにはできねえ」
そう、自分は煉獄のように後輩たちに優しく語りかけたりはできない。権力者の影として生きてきた「忍」の家系の自分と、代々鬼狩りを輩出してきた家系である「煉獄家」とは、歩んできた人生も違う。
しかし「後輩たちの盾となる」という柱としての矜持は、煉獄と同じくらい強いものがあった。鬼との戦いの終盤では、文字通り「自分の体を犠牲にして」炭治郎たちを守る。
宇髄は敵である鬼から後輩剣士をバカにされた時、大きな声で叫んだ。
<人間様を舐めんじゃねえ!! こいつらは三人共 優秀な俺の“継子”だ>(宇髄天元/10巻・第88話「倒し方」)
懸命に戦う後輩たちへの嘲笑を宇髄は許さない。そんな姿が、“あの時の”煉獄杏寿郎を思い出させる。
負けるわけにはいかない、新しい「ド派手」な戦いが始まった。宇髄天元の戦いの流儀に、これからわれわれはどんどん魅了されることだろう。
◎植朗子(うえ・あきこ)
1977年生まれ。現在、神戸大学国際文化学研究推進センター研究員。専門は伝承文学、神話学、比較民俗学。著書に『「ドイツ伝説集」のコスモロジー ―配列・エレメント・モティーフ―』、共著に『「神話」を近現代に問う』、『はじまりが見える世界の神話』がある。AERAdot.の連載をまとめた「鬼滅夜話」(扶桑社)が11月19日に発売されると即重版となり、絶賛発売中。