雫井:僕はその回の当事者ではなかったので、逆に記憶は鮮明です。特に伊坂さんの受賞スピーチが印象に残っていて、前回、つまり僕が受賞した時の選考委員の選評が非常に厳しかったんですけど、それについて触れられてて。

伊坂:前の年、応募していない立場で雑誌に載った選評を読んで、つらかったのを覚えています。本当にあれは厳しかったですよね。

雫井:僕は罵声を浴びながらデビューしたんです(笑)。それくらいの厳しさだったんですが、伊坂さんはスピーチで、そんな選考委員に自分の作品を褒めさせたい、新人だってすごいものを書くぞと見返してやりたいという思いで書きました、とおっしゃっていた。

伊坂:あ、僕、そんなことを言いましたか

雫井:今度デビューした人、威勢がいいな、この威勢がどこまで続くかな、と思ったのをよく覚えていますよ。

伊坂:恥ずかしい(笑)。いやあ、スピーチで「物語のレールに乗った小説は書きたくない」みたいなことを言ってしまったのはうっすら覚えていて。本心ではあるんですが、いまだに思い出して「かっこいいことを言いすぎたな」と後悔したりしていたんですよ。でも、もっと偉そうなことを言っていたとは(笑)。緊張していたとはいえ、恥ずかしすぎる。

雫井:その威勢のいいイメージが強かったので、交流を持つようになったらすごく腰が低い方でびっくりしました。ただ、『オーデュボンの祈り』はもともと、僕の回の新潮ミステリー倶楽部賞に応募するつもりだったんですよね。

伊坂:『オーデュボン~』の原稿は、第4回の締め切りギリギリの頃に一応できてはいたんです。でも、これを最後の投稿にしようと思っていたので、1年ずらして、その間ずっと書き直していました。

雫井:もしも伊坂さんが僕の回に応募していたら、僕は間違いなく落ちていましたよ。運命の巡り合わせみたいなものを考えずにはいられないです。

伊坂:いやいやそんなことはないです。その後、雫井さんと著作を送り合う仲になり――。実際にお会いした回数は、そんなにないんですよね。

雫井:初めてちゃんとお会いしたのは、2004年に伊坂さんが『アヒルと鴨のコインロッカー』で吉川英治文学新人賞を取った時。授賞式の翌日に、銀座の三越前で待ち合わせてから木村家さんの2階に行って……。

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