皇后陛下、雅子さまは12月9日、58歳の誕生日を迎えた。外務省のキャリア官僚としてバリバリ働いていた生活から、皇室に入った雅子さま。その歩みは平坦ではなかったものの先日、長女の愛子さまが成人を迎えられた。令和の皇室における雅子さまの存在の大きさと役割について、皇室ジャーナリストの神田秀一氏に聞いた。
【雅子さま】涙も美しい…パレードで国民の歓声に感極まった瞬間
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ふりかえれば、雅子さま(当時・小和田雅子さん)が天皇陛下(当時・皇太子)との婚約会見を行なったのは1993年1月19日のこと。雅子さまは婚約会見で「6年近く務めた外務省(北米2課)を去ることに、寂しさを感じないと申しましたらうそになると思います」と率直に語った。半年後の6月9日に結婚の儀をあげた。
神田氏は、当時の様子をこのように語る。
「雅子さまが結婚した頃、私は宮内記者会の一員でした。東京都目黒区の小和田邸にもちょくちょく出向いて、取材したものです。たくさんの取材陣や見物人が黒山のようにいましたね」
婚約会見から28年11カ月の歳月が流れた。神田氏によると、雅子さまは皇室に「5つの貢献」を果たしてこられたという。
まず、国賓を日本に招いた時の雅子さまの貢献。
「雅子さまは外務省の外交官として通訳官もしていたほどに英語が堪能ですから、海外から国賓を招いた時、言葉に不自由しないんですね。宮中晩餐会が催されても、国賓と心が通った会話できる。その国との絆が強くなり、見えない“外交”で貢献なさったと思います。さらに、相手に通訳がついている時は、雅子さまは出しゃばらず、目で合図して通訳に任せるんですね。そうやって気を配る人なんです」