政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。
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台湾有事は日米同盟の有事──。安倍晋三元首相の台湾をめぐる発言が波紋を広げています。中国政府はこの発言のすぐ後に、外交ルートを通じ厳正な申し入れを行いました。
台湾問題の淵源(えんげん)をたどると、ポツダム宣言以来の戦後秩序の中で、日本も米国も台湾がひとつの独立国家であるとは認めていません。基本的に台湾問題とは、現状を凍結させたまま、時間をかけながら中国大陸との平和的な交渉を通じて、将来的には中国と台湾の平和的な共存がベストのシナリオのはずでした。問題は香港にもみられるような一国二制度が事実上、成り立たなくなるような対応を北京政府が行い、香港問題に介入してしまったこと。その延長上に台湾もあります。
この問題が現状維持から現状変更に至った場合には、戦争が起きる可能性があります。台湾問題は米中間の触れてはならない、マジノ線です。ここに触れたら、米中の間の最小限度のリスク管理も成り立たなくなります。だからこそ、お互いにこの問題は現状を変更しないという暗黙の合意ができているのです。たとえ中国側が恫喝(どうかつ)のようなマヌーバーをやったとしても、台湾が国家としての独立に向かわない限り、中国側が軍事的な解決手段をとるということは、まずありえないでしょう。