出版文化がサバイブするためのノウハウも、実は本書に書かれているんです。ですから本日お集まりのみなさん、これを読まないという選択肢はない。マストバイ・アイテムです(笑)。それはともかく、日本のこれからを考えるときに、石岡瑛子は坂本龍馬レベルで重要な人物なんだと私は思います。

 西洋に追いつき追い越せとか、都合よくパクるとかではなく、瑛子さんの生き様は、日本がどのように世界とコラボレーションしていけるかの可能性と方向性を示唆しているんです。未来志向の人物です。そんな“宝石”が歴史の波打ち際に見え隠れしているので、私は拾いに行きました。このまま埋もれてしまうのはもったいないからです。

 そういった諸々がこの本を書こうと思ったきっかけです。「深く掘り下げる」ことと「価値ある物語を広める」こと。その両立を目指したいと思いました。

 ここで冒頭のお話に戻ります。私のポジションであるジャーナリズム的な何かと広告的な何かをドッキングさせようとしたんです。回顧展の話も進んでいたのですが、深く知ってもらうためのツールとして評伝が必要だろうと思いました。

 ご存知のように東京都現代美術館とギンザ・グラフィック・ギャラリーで開催された二つの石岡瑛子展は、コロナ禍での開催にもかかわらず行列ができていました。現美はなんとマックス2時間半待ち。若者の姿が目立ちました。石岡瑛子リバイバル・キャンペーンはひとまず成功したんです。

■クライアントワークの中の「私」とは?

 執筆のプロセスの中では、いろんなことがあったのですが、長くなるのではしょります。ひとつだけお伝えしておくと、書くのはなかなか捗りませんでした。

 何が大変だったかと言うと、石岡瑛子さんがこだわった「私」というのは、西洋的な「セルフ」や「アイデンティティ」とはちょっと違う気がしたのです。彼女は『私デザイン』(2005年、講談社)という著書があるくらい、自己を確立することの重要性を強調した人ですが、それは他者とのキャッチボールの中から生まれるタイプの「私」なんです。他者からのオーダーを受けて「私」が発動される不思議なカラクリになっている。

次のページ 石岡瑛子さんが「ちょっといないタイプ」だという理由