経済学者で同志社大学大学院教授の浜矩子さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、経済学的視点で切り込みます。

浜矩子/経済学者、同志社大学大学院教授
浜矩子/経済学者、同志社大学大学院教授
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 近頃、「ウォッシング」という言葉が気になる。ウォッシング単独なら、「洗う」の意だ。

 だが、その前に「ホワイト」がついて「ホワイトウォッシング」となると、これは「塗りつぶし」を意味する。糊塗(こと)するの意だ。きれいに洗濯するわけではない。汚いままの目隠しだ。薄汚いものを白く塗りたくって取り繕うのである。不都合な事実を隠蔽(いんぺい)するために白塗りで厚化粧させる。もっとも、日本の政府が隠し事をする時は、文書を黒く塗りつぶす。ブラックウォッシングだ。

 それはともかく、最近、よく目にするウォッシングは様々な彩りをしている。一つは「グリーンウォッシング」。緑じゃないのに、緑のふりをしているということだ。地球環境を守るためのエコ活動に偽装して、それとは無関係な事業のための資金調達を企(たくら)む。ある取り組みは温暖化ガス削減効果がごくわずかしかないのに、その効用を目いっぱい過大申告する。これらがグリーンウォッシングだ。

 もう一つが、「SDGsウォッシング」だ。SDGsは「持続可能な開発目標」だ。国連が2015年に打ち出した。17項目の目標が設定されている。環境保全をはじめ、人権侵害や貧困の撲滅など、多方位的に持続可能な経済社会の在り方を提示した。達成目標年は30年だ。

 ここにきて、SDGsは大ブームになっている。国も企業も人々も、何かにつけてSDGsを口にする。結構なことである。だが、SDGsがブーム化すればするほど、そこにSDGsウォッシングが入り込む余地が生じる。目標範囲が広いだけに、偽装や誇張が仕掛けやすい。

 今時はSDGsに取り組んでいないと、イメージが落ちる。だが、取り組むゆとりも知恵もない。そんな企業がSDGs対応の専門家と称する集団に丸投げしたりすると、そこに詐欺行為の温床が形成されてしまうかもしれない。

 17のSDGsにはそれぞれに独自色のアイコンが割り当てられている。だから、SDGsウォッシングはマルチカラーウォッシングだ。多色ウォッシングの横行を阻止するためには、ウォッシャーたちを監視するウォッチャーたちの出現が求められる。市民社会への期待が高まる。

浜矩子(はま・のりこ)/1952年東京都生まれ。一橋大学経済学部卒業。前職は三菱総合研究所主席研究員。1990年から98年まで同社初代英国駐在員事務所長としてロンドン勤務。現在は同志社大学大学院教授で、経済動向に関するコメンテイターとして内外メディアに執筆や出演

AERA 2021年12月27日号