
というのも、ちあきは44歳のとき、プロデューサーでもあった夫の死にショックを受け、事実上の引退。それ以降、芸能界との関係を自ら断ち切った。
藤は28歳で引退後、復帰と活動休止を繰り返すような不安定な歌手人生を送っていく。結婚と離婚も繰り返したが、98年に娘の宇多田ヒカルが自身のデビュー時をもしのぐ大ブレーク。ただ、その収入でギャンブル好きが高じてしまい、06年にはニューヨークの空港で40万ドルを超える大金を一時没収される騒ぎも起こした。その際「週3回吐いています」と、体調不良も告白している。7年後、62歳で自殺した直後には、30代後半から精神疾患で苦しんでいたことが明かされた。
ともに「歌姫」としての実働期間は実質10年とか20年であり「歌姫」としての幸せを全うできたとは言い難い。
また、中森明菜にしても、89年の自殺未遂騒動以降は全盛期の状態に戻れていない。筆者は昨年11月「マッチ不倫で再燃 中森明菜とファンはなぜ『過去』を引きずり続けるのか」という記事のなかで、彼女の自作詞に太宰治と通じる人間不信や虚無感があるという、自殺未遂4年前に行われた文学者の指摘を紹介。さらに、90年代後半、彼女に取材したあと2日ほど寝込んだという女性の「あれほどの負のオーラが作品に昇華されてたんだから、そりゃすごいものが生まれるよね」という見方も紹介した。不幸が似合う激情型の「歌姫」の魅力とは、その歌手が宿命的に抱える闇と音楽とがシンクロしたときに高まるのだろう。
ただ、そのシンクロ状態を保ち続けるのはいかにも大変そうだ。たとえば、藤が登場したとき、作家の五木寛之はその歌を「怨歌」と呼んで絶賛。「歌の背後から血がしたたり落ちるような迫力が感じられる」として、それは「時代との交差のしかた」や「歌い手個人の状況にかかわりあうもの」だと書いた。
しかし「不吉な予感」もするとして、こう続けたのである。
「これは下層からはいあがってきた人間の、凝縮した怨念が、一挙に燃焼した一瞬の閃光であって、芸としてくり返し再生産し得るものではない(略)。彼女は酷使され、商品として成功し、やがてこのレコードの中にあるこの独特の暗く鋭い輝きを失うのではあるまいか」