
少し先の未来。ジェイク(コリン・ファレル)は、妻と中国系の養女ミカ、そして大切な家族である家庭用ロボットのヤン(ジャスティン・H・ミン)と暮らしている。が、ある日突然ヤンが動かなくなってしまう。修理をしようとしたジェイクはヤンに隠されたある秘密を知る──。連載「シネマ×SDGs」の25回目は、映画「アフター・ヤン」のコゴナダ監督に話を聞いた。
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私はソウルで生まれ、アメリカでキャリアを積みましたが、生涯ずっと「人と違う」という感覚を持ち続けています。常に世界と世界の狭間に自分がいるような感覚です。その経験が作品に間違いなく反映されていると思います。

本作では「違っていることが普通である」世界を描こうと思いました。AIロボットであるヤンやクローンが登場し、ジェイクの家族も多人種です。しかしそんな世界においてもまだ、ジェイクがクローンに偏見を持っていたり、AIに偏見を持つキャラクターが登場したりします。人間はどんなときでも「ここが違う」を見つけてしまう生き物です。そこから偏見や先入観、差別が生まれる。歴史のなかでずっとそれを繰り返しているのです。それが人類の抱えるジレンマであり、我々が乗り越えなければならないものでもあります。

同時に我々は、人間以外の「もの」にも思い入れができる生き物です。猫や車にも感情的なつながりを持つことができる。だからこそ喪失や悲しみも経験する。私にそうしたことを多く教えてくれたのは日本の映画です。

子どものころ、超大作映画を観て映画館を出ると、気分が落ち込んだものです。自分のいる現実世界がつまらなく思えてしまい、映画館に逃避したくなるのです。しかし小津安二郎監督や是枝裕和監督の作品のように、映画館をあとにしたとき、自分のいる日常が素敵に感じられる作品があります。新しく違って見えてきた日常の中に入っていきたいと思わせるような。そういう作品が私は好きです。私は映画で自分の人生や世界の意味を模索し続けているのです。

この映画がみなさんにとって、観たあとに、現実の世界が少し違って見えるようなものになってもらえればうれしいです。(取材/文・中村千晶)
※AERA 2022年10月31日号