私は次第に勉強もしなくなり、「密」に補習を受けさせられ、頭の中が「疎」になっていった。自宅では図書館で借りた落語のテープのダビング作業とラジオのエアチェックによって、部屋が怪しげなテープで「密」になり、親との関係が「疎」になって、両親は我が子の先行きへの不安を「密」にしていたという。
落研としては初めての文化祭。校内は保護者や近隣の学生で「密」。なのに落研の寄席は「疎」。出し物は私の落語とTのマジックのみだ。これでは埒があかないと、二人はオモテへ繰り出した。女子高生だらけの「密」林の中に座布団を敷き、ゲリラ落語。その時の写真を見ると私が裸でわめいている。突然の乱入に蜘蛛の子を散らすように遠ざかっていく女子たち。すぐに先生が数名「密」集し、強制退去。当たり前だ。
夕方になり、校庭で男女のフォークダンスが始まった。私とTは屋上からその「密」な輪を眺めながら「どっちが遠くまで唾を飛ばせるか競争」を「密密(ひそひそ)」と始めた。「とどかねえな」「そりゃそうか」。なんて、空「疎」な二人なのだ。青春は密と疎の反復横跳びだ。今やったらすぐに膝に水が溜まる。
春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/1978年、千葉県生まれ。落語家。2001年、日本大学芸術学部卒業後、春風亭一朝に入門。この連載をまとめたエッセー集の第1弾『いちのすけのまくら』(朝日文庫、850円)が絶賛発売中。ぜひ!
※週刊朝日 2022年9月23・30日合併号