
劇中には、体育館で映画を上映するシーンがある。出演者以外はすべて大牟田在住の人たちにエキストラとして参加してもらった。
「それこそ森岡さんと演劇をやっていた頃の、手作り感100%みたいな雰囲気もあったし、子供の頃に、夏休みに体育館で観た映画の記憶や、父と子がそれぞれに追いかけた夢、変わらない田舎の風景とか、人づきあいとか、いろんな懐かしい感情が蘇りました」
35年前に芝居で共演していた相手に、演出をつけられることについて聞くと、「初めてだったので、最初に『監督も十分僕のことわかっていると思いますけれども、本当に、キャラクターだけでここまできていますから。僕に、何かややこしい芝居とか、高度な感情表現とかは、求めないでね』って、ちゃんと断っておきました」とちゃめっ気たっぷりに答えた。実際は、ちょっとした佇まいにも、中年のやるせなさや悲哀といった、リアルをにじませつつ、華もある。いかにも主役、といった存在感だ。
「妻役の富田靖子さんには、ずいぶん助けられました。僕たちの世代でいったら本当にもう“映画スター”ですからね。僕が22歳ぐらいのときに、富田さんのデビュー作になった『アイコ十六歳』っていう映画のオーディションがあって、僕は行ってないですが、周りの知り合いはみんな行きましたからね。冴えない中年の妻というヒロインを、魅力的に演じてくださった。本当にこの映画は、僕の懐かしいツボにグサグサ刺さって……。早くもう一回観たいです(笑)」
(菊地陽子、構成/長沢明)
※週刊朝日 2022年9月16日号より抜粋