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 ロシア文学研究者・奈倉有里さんが評する『今週の一冊』。今回は『ぼくらの戦争なんだぜ』(高橋源一郎、朝日新書 1320円・税込み)です。

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 私たちは人生のなかで、戦争のことをどのくらい考えてきただろう。子供のころ「昔、大きな戦争があった」と知る。学校の歴史の授業では人類が繰り返してきたたくさんの戦争を知り、ニュースではいつも世界のどこかで起きている戦争を知る。でも戦争についてほんとうに考えるのは決して易しくはない。自分が殺したり殺されたりする可能性が目の前にあるくらいの「近さ」で戦争を考えると、身がすくむような恐ろしさがある。この「怖い」の正体はなんだろう。

 この本は丁寧な本だ。私たちが「遠い」とか「近い」と感じるのはどういうことかを立ち止まって掘り下げる。日本の戦前戦中戦後の教科書、ドイツやフランスの歴史教科書を読み、歴史の語られかたを考える。読者と一緒に戦争の詩を一篇ずつ、本を一冊ずつ読み込み、読者が考えるための余白をいろんなところに少しずつ残しながら「考えるって、そういうことかもしれないよね」と語りかけてくれる。有名な本や読んだことのある作品にも、一般的な内容紹介とは違った文脈がみえてくる。

 知らないことがたくさんある。戦前の日本で地理や算数や音楽の教科書までもが国の栄誉と戦争の賛美を語り教えようとしていたことを、当時の教室を覗き見るような臨場感で見せてくれる。戦時中にひっそりと書かれた詩集の内容を知り「佛さまのやうな」顔をした中国人兵士の詩に泣いてしまう。読みながら旅をする。戦時中の日本や中国を、フィリピンを、赤道の下のジャングルを。そして「遠い」知らないはずの人たちの内面を流れる詩のことばのなかを。

 知っているはずのこともある。独裁者は「大きなことば」を使うのが好きだ。この本の最後でウクライナ侵攻がはじまる。ロシア政府はこの十数年、途方もなく「大きなことば」を繰り返し、「威勢のよさ」がことばの定義を凌駕して、人々が対話のすべを剥奪されていくのを私は見てきた。どうしてそんなことになったのだろう。

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