阪神のエースと君臨していた江本さんは1981年8月26日、甲子園球場のヤクルトスワローズ戦に先発した。しかし、8回表途中で交代をベンチから命じられた。すると、マウンドをおりて、ベンチに戻る途中にスタンドへグラブを放り投げた。
そしてベンチ裏で「ベンチがアホやから野球がでけへん」「アホが、バカが」と監督や球団を強烈に批判。それが新聞記者らの耳に入り、大騒動になった。江本さんはその年、引退を決めた。
この騒動には後日談があった。
「腹立ってあの時、スタンドに放り投げたグラブがどうなっているかなんてまったく知りませんでした。それが7、8年ほど前に『開運 なんでも鑑定団』(テレビ東京)にゲストに呼ばれた。スタジオで鑑定されたお宝というのが、ベンチがアホやからと叫ぶ前に、スタンドに投げたグラブでした。専門家が鑑定すると60万円という高い値段がついた。理由を聞けば、水島先生が似顔絵を描いているので、他にはない価値があるという鑑定でした。水島先生のすごさを思い知らされましたね」
江本さんが何度も登場した「あぶさん」は約40年も続き、976話という長寿漫画となった。まさに野球漫画の第一人者だった水島さん。
「球場でも試合が終わっても徹底的に選手から話を聞いていましたね。野村監督と親しく、自宅まで取材に行かれていたのは有名ですが、私や気に入った選手にはトコトン追求し、作品に反映しておられた。水島先生が球場に来ると、顔パスでどこにでも入ってゆく。新聞記者でも行けないような監督室などもお構いなし。誰も止めません、もう治外法権です。水島先生は野球も好きだったが、それ以上に野球選手を愛していた。そういうバックグラウンドがあって、あれだけ長く『あぶさん』や『ドカベン』など、すごい作品を残すことができたように思います」
江本さんはこう懐かしむ。記者もかつて水島さんに球場で取材する機会があった。『あぶさん』のあるシーンについて聞くと、こう答えてくれた。
「あそこは大阪球場に出向いた時に、野村監督と話が終わってスタンドに向かおうとした時の情景がずっと残っていて、作品に書き込んだ」
水島さんが10分以上も熱心に説明してくれたことを今でも覚えている。合掌。
(AERAdot.編集部 今西憲之)