しかし、健康な人では何週間も続くことはありません。不眠といってもいつもと比べて寝つきが悪いとか、朝の寝覚めが悪いなど、「なんとなくおかしい」ということで気づければ、体調を整えやすくなります。
いずれの症状も疲れているときや調子が悪いときによく経験するありふれたものなので、そのままにしてしまう人が少なくありません。実際、精神疾患の患者さんに、「こういう症状が出ていませんでしたか?」と聞いてみると、「そういえば……」とたいていの人が思い当たりますが、当時は気にも留めていなかったという人がほとんどです。
この「いつもとは違う」「ちょっとおかしい」という超早期の変化を見逃さずに医療機関を受診し、適切な治療を受けることができれば、精神疾患の発症を防げる可能性も十分にあるのです。
■うつ状態=うつ病ではない
近年は「うつ(depression)」という言葉が広く浸透し、「気分が落ち込んでいるからうつ病だ」などと、なんでもかんでもうつ病にしてしまうケースも増えています。インターネットで集めた情報をもとに、「私はうつ病なんです!」と自己診断をする人もいるほどです。
たとえば試験に失敗したり、好きな人に振られるなど、何かショックを受けて気分が落ち込んだ状態、つまり「うつ状態」になるのはよくあること。
ショックな出来事に対する心の反応なので、原因が解消されたり、気分転換をしたり、ある程度時間が経過したりすることで次第にショックはやわらぎ、回復していくものです。うつ病の場合は、たとえ原因となっていた問題が解決しても気分が回復せず、仕事や学校に行けなかったり動くことができなかったり、日常の生活に大きな支障が生じるので、治療が必要になります。
うつ状態はうつ病の症状の一つですが、うつ状態=うつ病ではないのです。
※『心の病気にかかる子どもたち』(朝日新聞出版)より抜粋
水野雅文(みずのまさふみ)
東京都立松沢病院院長 1961年東京都生まれ。精神科医、博士(医学)。慶應義塾大学医学部卒業、同大学院博士課程修了。イタリア政府国費留学生としてイタリア国立パドヴァ大学留学、同大学心理学科客員教授、慶應義塾大学医学部精神神経科専任講師、助教授を経て、2006年から21年3月まで、東邦大学医学部精神神経医学講座主任教授。21年4月から現職。著書に『心の病、初めが肝心』(朝日新聞出版)、『ササッとわかる「統合失調症」(講談社)ほか。