皆さんに挨拶すると、Aさんは僕がやるべきことを指示してくれる。すると、そこに、番組のディレクターのHさんが来た。すべての決定権があるHさんは、僕にとっては神。この人に認められなければその先はないわけだ。かなり緊張する。
Hさんは「鈴木君、君は何をしているの?」と聞いてきたので、明治学院大学の生徒であること、千葉県出身であることなどを話したが、まったく興味持ってくれない。
と、Hさんは、セカンド作家のAさんの肩を掴み「鈴木君ね。このA君はね、あの明治大学替え玉受験事件の犯人なんだぞ!!」と言った。
そうです。あの明治大学替え玉受験事件で替え玉をして大学を辞めることになってしまったうちの一人が目の前にいたのです。大学を辞めてから、放送作家になっていたのです。そしてHさんは言った「すげーーーだろ!!」と。
そこで僕の人生の価値観が変わった。僕が人生が終わったと思っていた人が目の前に放送作家として働いていて、「すげーだろ」と言われている。
僕の中では「ダメだ」と思っていたことが、この世界では「付加価値」になるんだと思った瞬間。そしてHさんは「君には何があるの?」と言って去っていった。
そこから僕は大人に認められたくて必死になった。自分にしかない付加価値を求めて、突っ走って来た。そこから30年。
振り返ってみる。自分にしかない付加価値を持った人になることが、最大の強みであることを教えてくれたあの人達には本当に感謝している。
ちなみに、ニッポン放送は、僕も含めてだが、よくわからない若者を拾っては育ててくれた。僕のちょっとあとくらいに、とある番組に放送作家として入って来た人がいる。
その番組の女性ディレクターは僕に言った「金がないんだけど、すごくおもしろいライターがいるから、番組の放送作家として手伝ってもらってるのよ」と。
その「金はないけどすごくおもしろいライター」は、リリー・フランキーさんである。
おもしろがって人を育てられる大人は最強だ。
■鈴木おさむ(すずき・おさむ)/放送作家。1972年生まれ。19歳で放送作家デビュー。映画・ドラマの脚本、エッセイや小説の執筆、ラジオパーソナリティー、舞台の作・演出など多岐にわたり活躍。パパ目線の育児記録「ママにはなれないパパ」(マガジンハウス)が好評発売中。毎週金曜更新のバブル期入社の50代の部長の悲哀を描く16コマ漫画「ティラノ部長」と毎週水曜更新のラブホラー漫画「お化けと風鈴」の原作を担当し、自身のインスタグラムで公開中。コミック「ティラノ部長」(マガジンマウス)は発売中。「お化けと風鈴」はLINE漫画でも連載スタート。YOASOBI「ハルカ」の原作「月王子」を書籍化したイラスト小説「ハルカと月の王子様」が好評発売中。長編小説『僕の種がない』(幻冬舎)が発売中。作演出を手掛ける舞台「怖い絵」が2022年3月に東京・大阪にて上演。