下調べのない状態で、どれだけ気づけるか。新鮮な気分で楽しめるか。自分の中での発見を楽しむためには、観察力のみならず、想像力が必要になる。松尾さんが京都造形芸術大学(当時)で映像にまつわる仕事を志す人たちに向けて講義をしていたときも、「役者にとって一番大事なのは想像力」という思いを大切にした。
「かれこれ7年ぐらい受け持っていたんですかね。でも、僕の講義の大半は、学生の質問に充ててたんですよ。役者なんて、これとこれを覚えればできますみたいなものじゃない。日常生活の悩み事でも、ふとした疑問でも、自分はこういうことが知りたいでも何でもいいから、それをみんなの前で発表させていました。質問って、自分の性根をさらけ出すことでもあるから、恥ずかしいんですよ。まずそれを人前で表明するっていうことが大事でね。そこにいる人たちと一緒に、答えになるかならないかわからないことを話し合ってみることに一番時間を使っていたと思います。役者をやるとなるとそこを想像して作っていかなきゃいけないわけだから。自分じゃない人の意見を聞いて、立場を想像したり、表情を観察したり。そういうことを、実践させていました」
現在62歳。自分が20歳のときは、「60歳なんておじいさんだ」と思っていたという。
「でも、その年を過ぎてしまったら、『自分の内面は18歳のくだらない少年のままで、そこに40代ぐらいの体力がついているんだ』と錯覚し続けることが大事だと考えるようになった。年齢を重ねることに関しての感慨は、昔からなかったですね。30になったらどうしようとか、40になったらとか、計画的なことは一切考えなかった。そもそも、10進法なんていうものが人間にとって意味があるとも思ってないですから。数字には、できるだけ意味を持たせないようにしています。自分から進んで誕生日会をやろうと思ったこともないですしね。年齢というのは“通過点”です、ずっと」