在宅医が患者家族に殺害される悲惨な事件が起こった。行き場のない歪んだ感情が医療者に向けられてしまったこの事件。患者と家族の生活の場に入っていき、生死と向き合う在宅医の仕事には、時にトラブルもつきまとう。その実態を追った。
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「こんな事件があったら、患者宅に行くのが怖い」
全国の在宅医を震撼させる事件が起こった。埼玉県ふじみ野市の住宅で、1月27日夜、男が散弾銃を発砲し、医師の鈴木純一さん(44)らが死傷した立てこもり事件が発生。殺人の疑いで送検されたのは、住人の渡辺宏容疑者(66)。胸を撃たれて死亡した鈴木医師は、事件前日に亡くなった容疑者の母親(92)が数年前から利用していた在宅クリニックの担当医師だった。
渡辺容疑者は、母親と二人暮らし。仕事はしておらず、一人で母親を介護していた。母親の死亡は、かかりつけ医である鈴木医師らが確認。渡辺容疑者は、鈴木医師を含む在宅クリニックの関係者数人を名指しで指定し、「27日午後9時ごろに焼香に来てほしい」と呼びつけた。鈴木医師ら男女7人が自宅を訪れると、死後1日以上が経過している母親を前に、「生き返るはずだから心臓マッサージをしてほしい」と依頼。鈴木医師らが蘇生は難しい旨を説明して断ると、散弾銃を取り出して発砲したとみられている。容疑者は警察の調べに対し、「医師やクリニックの人を殺して自殺しようと思った」などと供述しているという。
「行き場のない歪んだ感情が、医療者に向けられた悲惨な事件。患者と家族の生活に入り込んでいく在宅医療の怖い面も見せつけられた」
こう話すのは、関東地方でこれまで多くの在宅看取りに携わってきた在宅医だ。在宅医療や在宅介護の現場では、患者本人はもちろんのこと、家族との関わりも重要になる。本人が意思決定できない場合には、家族に判断を委ねる場面も多く、在宅医をはじめとした援助者の仕事には、家族へのケアも含まれる。そんな中、患者への思い入れが強すぎるゆえに「どうしても死を受け入れることができない」家族がいるという。