藤井聡太はこれまで登場したタイトル戦番勝負のすべてを制してきた。王将位も獲得すれば、10代にして8大タイトルの過半数を占める(代表撮影)
藤井聡太はこれまで登場したタイトル戦番勝負のすべてを制してきた。王将位も獲得すれば、10代にして8大タイトルの過半数を占める(代表撮影)

 藤井聡太竜王が王将戦で開幕3連勝を果たし、史上最年少五冠にあと1勝と迫った。渡辺明王将とぎりぎりの攻防を続けながら、辛抱した藤井が最後は正確に詰みを読んだ。 AERA 2022年2月14日号から。

【写真】藤井聡太竜王が昼食に頼んだカレー

*  *  *

「エアポケットですね」

 対局後の検討での最後。ずっと冗舌だった渡辺明王将(37)は頭を抱え、しばらく絶句した。最終盤、挑戦者の藤井聡太竜王(19)が指した王手は最善ではなかった。

 もし渡辺がとがめていれば、勝負のゆくえはわからなかった。しかし両者とも錯覚により、重大な読み抜けがあった。最善を尽くした先には、指がいいところにいったほうが勝つ「指運(ゆびうん)」の世界が広がっていた。

「祈るしかないですね」

 苦笑する藤井からは、珍しくそんな自嘲も聞かれた。決して盤石ではない、薄氷を踏む一局。そして結果的に勝利を得たのは、またしても藤井だった。

 七番勝負開幕から藤井2連勝をうけての王将戦第3局(1月29、30日)。先手番を持った藤井は第1局に引き続き、高勝率の得意戦法、相掛かりを採用した。そして第1局と形は違えど、相手の飛車がいる筋の歩を突き上げる、新時代の手法をまたもや見せた。

 対局は持ち時間各8時間で、2日制の長丁場だ。その1日目。藤井は「地下鉄飛車」と呼ばれる意欲的な構想を見せた。一段目の駒を二段目以上に押し上げ、一段目の飛車を右辺から左辺へと大きく転換する手法だ。

 盤外における、藤井の鉄道好きはよく知られている。そして本局では盤上において、近代的でスマートな地下鉄を整備した。インターネット中継で戦況を見守る観戦者は、藤井の一段飛車が大きく左辺に展開する瞬間を、いまや遅しと待っていた。

■角を打った渡辺明王将

 しかし結果的に終局まで、藤井の一段飛車は動くことがなかった。せっかく手数をかけたのだから、勝っても負けても理想を実現させたいのが人情というものだ。しかし藤井は成算が持てなかったのか、じっと辛抱する順を選んだ。そのあたりにもまた、藤井の強さの一端が表れているのかもしれない。

 1日目が終わった時点では、形勢は互角。ならば後手番の渡辺が差をつけられず、うまくやったともいえそうだ。

著者プロフィールを見る
松本博文

松本博文

フリーの将棋ライター。東京大学将棋部OB。主な著書に『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

松本博文の記事一覧はこちら
次のページ