当事者らは、近しい人の喪失感に加え、偏見や差別を助長する言説に触れ、二重に傷つく。直美さんの夫であり、「障害者ドットコム」の代表を務める祐一さん(49)も軽度の発達障害があり、心ない言説に心を痛めている。
「世の中には、精神疾患があると聞くと『あっち側の人』という意識がまだある。精神的に不安定な人イコール異常な状態とレッテルを貼らないでほしい」
なぜ、偏見が根強いのか。
岩波明・昭和大学医学部精神医学講座主任教授(精神医学)は二つの問題点を指摘する。一つは精神疾患を、極端にタブー視している点。
岩波教授によれば、昔から精神疾患を抱える人を人権から擁護する立場と、一部の人の犯罪から保安を考える立場との分断はあった。ただし近年、海外の精神医学の研究からは、特に統合失調症や気分障害など精神疾患による因子が、暴力や再犯に与える影響は少ないことが明らかにされつつあるという。
「我が国では、そもそもオープンな議論がない。海外のように、犯罪率も含めて公表すれば波紋も呼ぶでしょうが、疾患に対する理解を深めていくには、粘り強く地味な議論を継続していかなければならない領域です」
二つ目の問題は「啓発不足」だ。英国、カナダ、米国などでは、精神疾患の種類や、当事者がどんな困難さを抱えているのかについて、初等教育から教育がなされていると岩波教授は言う。だが、日本ではここ30年、高校までの教育カリキュラムに精神疾患にまつわる内容は、ほぼ登場していないというのだ。
「身近に精神疾患のことを知らなければ、偏見も差別も解消されない。教育が問題です。例えば、精神疾患の一つである統合失調症は、10代前半から前兆が見られます。発達障害のお子さんも小中学校の段階で、二次障害として精神的な不調を抱えることがある。早くから知っていれば、子どもへ必要な相談や支援にもつなげられるんです」
■「リワークプログラム」は圧倒的に足りない
一方で、事件が浮き彫りにしたのは、「復職支援」に対する患者のニーズの高さと、対応する施設の少なさだ。