春風亭一之輔・落語家
春風亭一之輔・落語家
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 落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は「相棒」。

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 先週からの続きになります。私、コロナ陽性で自宅隔離されておりましたが、無事完治し社会復帰致しました。

 同じく陽性だった妻と10日間、8畳一間にカンヅメでした。高熱でうなされる妻。まだ微熱がある私は何も出来ずにただ見守るのみ……不甲斐ない。薬が効いてきたのか、そのうち妻は寝付いてしまいました。微かな寝息と「ぐりゅゅゅゅ~~~ん」という軽妙な響き。沈鬱な病床においても人間のはらわたから響く音は結構な存在感です。しばらくすると「ごぃ~~~~んぷり~~~ん」。一度たりとも同じ音色ではなく、本体が高熱に浮かされていても、身体の部位はそれなりに自分の果たすべき活動をするのですね。人間の身体は愛おしい。頑張れ、妻の腸。早く良くなれ、妻の本体。

 部屋に響く「さえずり」に耳を傾けていると、それがそのうちに「ブルブルブルブルブルブル~」とエンジン音に変わりました。「?」。私は妻と二人でツーリングをしている夢を見ました。妻がバイクに跨り、私がそのサイドカーに座ります。サイドカーなんて乗ったこともなければ、リアルに遭遇したこともない。フィクションの世界でしか見たことのない未知なる乗り物、サイドカー。

「しっかりつかまってろよ!」。マフラーをなびかせ妻が雄々しく叫びました。「はい!」と私。爆音を響かせながらバイクとサイドカーが荒野を進みます。額に汗してハンドルを握る妻。何か役に立ちたいと思う私。「ポカリ、要りますか?」。なぜか敬語。「今、運転してんだろ!? 見てて分かんねえか!」。怒られました。「汗、拭きますか?」「メット被ってんだろ? 両手離して脱げってのかよ!?」。断っておきますが、私の妻は普段こんなに乱暴な口はききません。暑そうだからあおいであげようかな……と団扇を手にした途端、バイクの勢いに煽られて後方に吹っ飛ばされてしまいました。「いいから、道、調べてくんねえかなっ!?」。妻が吐き捨てます。「はい! 喜んで!」。やっと妻のお役に立てる! スマホで目的地を検索。「ハイ! ここです!」。液晶画面を妻の顔に向かって掲げます。アクセル全開の妻。「ここ! ここ!」。私のスマホには目もくれようともしません。「……まぁ、いーやっ!! だいたいなかんじで突っ走っていくかーーっ!!」。自分で道を調べろと言ったくせに、妻はもうどうでも良くなった様子。サイドカーの中の私は無力。なにもすべきことがない……と肩を落とした途端に夢から覚めました。横にはおでこに冷えピタを貼って寝ている妻。今、彼女はハンドルをガッチリ握り、ウイルスに荒らされたデコボコ道を一刻も早く抜け出そうと爆走中なのでしょう。

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