2時間半の鑑賞後も「まだまだ足りない!」と伊藤さん。
「ここまで新作がメインだとは想像しておらず、ボリュームとクオリティーに圧倒されました。絵の印象からヨーロッパの挿絵画家アーサー・ラッカムやエドマンド・デュラックも連想しました。テーマは一度見ただけでは理解するのが難しいですが、『わたしは真悟』以降の楳図作品にある混沌(こんとん)としたカオスのようなものが新作にも継がれていますね。そんなカオスにどっぷりとつかる快感があります」
楳図作品は常に「漫画」という分類ではくくれない領域にあった、と伊藤さんは言う。
「楳図先生は恐怖漫画から出発されていますが、もともとSFもお好きで、科学的な興味が強い方だと思います。それは『宇宙の果てには何があるんだろう』『死んだらどうなるのか』といった素朴な疑問からはじまり、どんどん哲学の領域になっていく。作品にもそれが表れ、より深遠で壮大な物語になっていったと感じます」
人類による環境汚染、人工知能の暴走や培養肉から生まれる異形の生物──。その作品は未来を予見し、生命とはなにか、人間はどこからくるのかといった哲学的な境地へ読者をいざなう。
「楳図先生は私の知る限り、意識的に『芸術』としての作品作りを目指した日本で最初の漫画作家だと思います。おそらく楳図先生は生命の謎や宇宙の謎のようなものを、漫画を通して解き明かそうとしている。その才能は人知を超えています」
また楳図作品にはどこか希望の兆しがある、と伊藤さん。
「もちろんそうではない作品もありますが『漂流教室』も『14歳』も最後にはどこかに希望がある。読後感がいいんです」
楳図さんが見つめる未来を、会場で体験してほしい。(フリーランス記者・中村千晶)
※AERA 2022年2月21日号