まだ誰も競技の場で成功させたことのない「クワドアクセル(4回転半ジャンプ)」を跳ぶためだけに臨んだと言ってもよい此度のオリンピック。見事「回転」は認められ、「史上初めてクワドアクセルを跳んだ選手」になった羽生くん。もちろん、転倒せずに着氷しなければ成功ではないものの、すでに「4回転が人間の限界」とも言われていた中、たったひとりで次の扉をこじ開けた功績は凄まじく、ひとえに彼の「性(さが)」をもってしなければ、挑戦すらされなかったことかもしれません。まさに表彰台と引き換えに動いた歴史だと言えるでしょう。

 さらに競技後のインタビューで彼は言いました。「努力って報われない」。これは理解や共感の範疇を超える難関に挑んだ孤高な人だけが辿り着ける境地です。道徳の教科書などに載せるのならば、この言葉こそ子供たちに教えるべき真理ではないでしょうか。

「自分らしさを貫く」なんて簡単に言いますが、そもそも人とは違う気質を持ち合わせ、普通をかなぐり捨て、不安定な自分に酔い、周囲を戸惑わせ、それでもなお求められるほどの強さや魅力を持った人でなければ成立しません。

 この先、仮に競技人生を終えるとしても、彼が「王道」を選ぶことは決してないでしょう。彼によって達成された偉業は数知れず。と同時に、「異形(いぎょう)の人・羽生結弦」に私はありったけの敬意を表します。

ミッツ・マングローブ/1975年、横浜市生まれ。慶應義塾大学卒業後、英国留学を経て2000年にドラァグクイーンとしてデビュー。現在「スポーツ酒場~語り亭~」「5時に夢中!」などのテレビ番組に出演中。音楽ユニット「星屑スキャット」としても活動する

週刊朝日  2022年2月25日号

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ミッツ・マングローブ

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ミッツ・マングローブ/1975年、横浜市生まれ。慶應義塾大学卒業後、英国留学を経て2000年にドラァグクイーンとしてデビュー。現在「スポーツ酒場~語り亭~」「5時に夢中!」などのテレビ番組に出演中。音楽ユニット「星屑スキャット」としても活動する

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