記者が足を運んだのは日曜日。それだけに、午前11時の食堂の開店前から食券売り場の前には行列ができていた。午後1時過ぎに並んだ時点で食券を買うのに15分、ウェーティング席で待つこと20分。テーブルに案内されるまで計35分かかった。それでも次から次へとお客さんが列に加わり、途切れることはない。

「1月7日に閉店を公表して以来、急に混みだしました。特に今月に入ってからは、わざわざ電車を乗り継いで京都市外からお越しになられるお客様が増えています」(ウェーター)

「ファミリー食堂」がオープンしたのは1912年10月。大丸京都店が現在の場所に移転したのを機に、前身となる「客用食堂」を開業。今年でちょうど110年目だ。

「04年に閉店した高島屋大阪店の大食堂は74年の歴史でしたから、関西の百貨店では1番の老舗です。1912年というと大正元年。大正、昭和、平成、そして令和と四つの時代を超えて長く愛されてきたわけです」(関西のタウン誌の編集者Yさん)

 デパートの大食堂が、どれだけ昭和の庶民の生活の中で特別な場所だったかは、超ロングセラー漫画で国民的アニメの「サザエさん」からもうかがえる。

「別冊サザエさん」(文庫版 朝日新聞出版)には、マスオとサザエが百貨店の大食堂でお見合いし、周囲の熱ーい視線に耐えかねてその場で結婚を決めるというエピソードが登場する。

「『サザエさん』シリーズは当初、福岡市が舞台でしたから、市内天神の百貨店・岩田屋本店にあった地下食堂だとの説が有力です。また、同じく昭和の家庭を描いて『サザエさん』と並ぶ人気アニメ『ちびまる子ちゃん』も、たびたびデパートが題材にされています。例えば、91年2月放送の第58話『まるちゃんデパートで迷子になる』ですね」(『ちびまる子ちゃん』を放映しているフジテレビ編成部スタッフ)

 ところで『ファミリー食堂』は、なぜ最後まで残ったのだろう?

 前出のYさんが説明する。

「京都人は京都店を『大丸さん』と親しみを込めて呼ばせてもろてます。それは1717年にルーツとなる店を創業した下村彦右衛門が『先義後利』、簡単にいうと『利益はお客や社会への義を貫き、信頼を得ることでもたらされる。利益は後からついてくる』をモットーにして、今で言う『顧客第一主義』を貫いたからです」

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『大丸は義商なり。犯すなかれ』