下重暁子・作家
下重暁子・作家
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 人間としてのあり方や生き方を問いかけてきた作家・下重暁子氏の連載「ときめきは前ぶれもなく」。今回は、「故人にふさわしい偲び」について。

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 朝から激しい雨が降り止まなかった。昼過ぎには回復するだろうと天気予報は伝えていたが、私が会場(帝国ホテル)に着いた二時頃は、まだ雨足が激しく、それが亡き人にふさわしい気がした。

 亡き人とは、昨年十一月に九十九歳で亡くなった作家の瀬戸内寂聴さんである。大学在学中に結婚し、大陸に渡り、長女が生まれる。

 終戦を経て一家で日本に引き揚げるも、幼い子を残して若い男性と出奔。作家として自立してからも、数々の真剣な恋愛に身を焦がし出家。岡本かの子や、伊藤野枝などの詳伝で女性の生き方と向き合った。

 その人生のお別れ会はかつて親交のあったおよそ三百人が集まって始まった。

 正面に紅紫色の法衣を着てにこやかに笑う寂聴さん。これ以上ない素晴らしい笑顔である。献花は四色のカーネーション。私に渡されたのは、優しいピンクであった。

 中央に飾られた遺影の前で一礼し、手を合わせる。振り返ると、司会者が開会を告げた。ほの暗くてわからなかったが、ほとんどの人が黒っぽい服装をしている。

 グレーやベージュ、白などの色も混ざってはいるが。かえりみて寂聴さんの衣裳と笑顔のなんと晴れやかであでやかなこと!

 お別れ会や偲ぶ会でいつも感じるのだが、なぜほとんどの人が黒を着ているのか。案内状には「平服で」と書いてあっても。

 寂聴さんのお別れ会なら、お好きだった黄色や紫、グリーンなど華やかな方が喜ばれたのではなかろうか。

 わたしは黒地に白の横縞の半そでツーピースに、白い長袖上衣。

 仕事柄様々なお別れ会に行くことも多いが、ほとんどの人が黒を着ている。その方が着るものに迷わなくていい。人と同じような格好なら無難である。日本人は他人の目を気にするから、出来るだけ目立たぬよう黒かグレー、白など無彩色を選んでしまうのだけれど、それは楽しくない。

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