ジョイナーはソウル五輪から10年後、38歳という若さで突然この世を去りました。しかしながら、彼女が打ち立てた女子100mと200mの世界新記録は34年間破られていません。特に200mについては、破られるどころか肉薄すらされていないのです。時代や技術の進化とともに肉体の限界値も日々更新されていくスポーツの世界において、ジョイナーが打ち立てた圧倒的な強さ・速さというのは、実に摩訶不思議なものである一方で、これはこれで「人類が夢を見た証」であるとも思います。そして、その摩訶不思議さを科学的に証明できぬまま今日にまで至っているというのもまた、人間の限界を突きつけられているような気がして、話としては決して嫌いではありません。

「限界」と言えば、日本人と英語の関係についても思うところが。此度の五輪でも、海外選手たちから頻繁に聞かれた「crazy」という言葉。日本人にとって馴染みの深い英単語です。しかし、例えばスノボーの選手がインタビューで「This is so crazy!」と発言した際に出る字幕は、決まって「クレイジーだね!」とか「とてもクレイジーなことだわ!」といったものばかり。中学のテストならば間違いなく「×」でしょう。

「crazy」に対する日本人の知識はあまりにも偏り過ぎています。「狂っている」「頭がおかしい」と訳すからこんなことになるのです。昨今は日本語でも、ポジティブな意味で「ありえない」とか「やばい」とか「えげつない」といった言葉を使いますよね。NHK的ではないかもしれませんが、「クレイジーだね!」よりは恥ずかしくないかと。

ミッツ・マングローブ/1975年、横浜市生まれ。慶應義塾大学卒業後、英国留学を経て2000年にドラァグクイーンとしてデビュー。現在「スポーツ酒場~語り亭~」「5時に夢中!」などのテレビ番組に出演中。音楽ユニット「星屑スキャット」としても活動する

週刊朝日  2022年3月11日号

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