春風亭一之輔・落語家
春風亭一之輔・落語家
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 落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は「東大」。

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 落語にハマりいろいろと書物を読み漁るようになると、まずけっこう早い段階で出会うのが『落語事典』という分厚い本。数百もの落語演目の詳細が記してある。編纂は「東大落語会」。また六代目三遊亭圓生師匠の口演をまとめた、落語家の教科書的速記本『圓生全集』は「飯島友治・東京大学落語研究会OB会」。落語みたいなジャンルでも権威のある要所には『東大』が絡んでくるのね。私の出身校・日大はパーパー言うのは得意なんですが、頭をひねって考えるのは向いてません。飯島友治という人はその昔、東大落語研究会の顧問だった方らしい。学生とともに多くの名人上手の速記を編纂したり、若手の落語会の終演後に演者やお客さんを交えて講評会をしたり、なんかスゴイ人。絶対そんな会には出たくないなぁ。

 入門して3年半、二つ目に昇進し、私は月一で勉強会を始めた。40人で満員のお座敷に10~20人ほどの物好きなお客さん。毎回のアンケートに『Y・S』という名前。見覚えのある字面だなぁ……とは思っていたが、顔と名前が一致しない。ある日『林家正蔵(八代目)集』を図書館で手にすると巻末の編集担当の欄に『Y・S』とある。この方は東大落語研究会OBで飯島さんの元で編纂に携わった落語研究家。同一人物? いやいや、正蔵師匠は私の師匠の師匠の師匠。全集はずいぶん前に出版された。編纂した人はこの世には居るまい。

「Yです」。ある日の会の終演後、会場の外で小柄な年配の男性が佇んでいた。「あの東大のYさんですか!?」「まぁ、そうです(笑)」。まだ生きてた。大変失礼しました。Y先生はその日にネタおろしした『ろくろ首』という噺の感想を直接話してくださった。「五代目の小さん師匠の首が伸びるのを目で追うカタチはよかったですよ」。いやいや、そんなの言われても簡単には出来ないから! とは言わなかったが、ありがたい。Y先生はほぼ欠かさず勉強会に通ってくださった。別に厳しい目で見るわけでなく、客席でニコニコしながら、時折メモをとりながら、まぁ、寝てることもあったけど。

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