当時のイギリスは、ヨーロッパ大陸からの敗走に意気消沈。ドイツに負けてしまうかもしれないという最悪の予感にとらわれていた。そんな雰囲気を一気に吹き飛ばしたのが、チャーチル演説だった。イギリス国民は、みんな知っている。これを引用したのだから、イギリスの人たちの心を揺り動かした。
ロシアはウクライナを「ネオ・ナチ」と決めつけて攻撃してきている。しかしゼレンスキー大統領は、ナチと戦った指導者の言葉を引用することで、ウクライナが正しい側にいることをアピールしたのだ。
またフランス議会に対しては、「ベルダン」の名前を持ち出した。これまたフランスの人は戦争を思い出す地名だ。ここは第1次世界大戦の激戦地。ドイツ軍の侵略にフランス軍が応戦し、フランス軍の死傷者は36万人を超えたとされる。
ウクライナの国土が「ベルダンのようになっている」と言われれば、フランスの政治家たちは胸が詰まる思いだろう。
■新しい壁も打ち壊して
ドイツでは、「壁」を持ち出した。ロシアの攻撃によって、ヨーロッパに新たな壁が築かれていると語った上で、1987年、西ベルリンを訪れたアメリカのレーガン大統領が、ソ連のゴルバチョフ書記長に対して、「壁を壊しなさい」と呼びかけたことを引用した。新しい壁も打ち壊してほしいという意味だ。
ただ、ドイツでは、他国への呼びかけとは違う一面もあった。それは、ドイツがロシアから購入する天然ガスを新たに増やすパイプラインの建設を進めてきたことへの批判だった。
「我々は、ロシアから天然ガスを買うことは、ロシアに戦争の資金を与えることだと主張してきたが、ドイツから返ってきた言葉は、経済、経済、経済だった」
痛烈なドイツ批判だ。ドイツの政治家たちには耳が痛い言葉だったことだろう。あえて厳しい言葉も使う。これは、各国の人々をいい気持ちにさせて援助を引き出そうとしているわけではないことを示している。
アメリカ議会に向けては真珠湾攻撃と9・11の同時多発テロ事件を例に挙げ、これまたおなじみの「I have a dream(私には夢がある)」を引用した。
これは黒人差別撤廃に取り組んだ故マーティン・ルーサー・キング牧師の演説の一節である。日本の英語の教科書にも掲載されている有名な言葉だ。