◆小さなつまずき 予想外の展開へ
普通の人のちょっとしたつまずきが、予想もしない方向へ転がっていく。ファルハディ監督の映画はいつもそんなスリリングな展開で、見る者を捉えて離さない。普通の人の日常とサスペンス。一見関わりがないように思えるが、
「私たちはありきたりの日常を過ごし、繰り返しを生きているようですが、そこにもサスペンスはあります。映画にしたらつまらないと思うような日常生活も、ひとたび何か問題が起こると、波のようにいろんなことが打ち寄せてくるのです」
ファルハディ監督は毎日18階まで乗るというエレベーターを引き合いにこう説明してくれた。
「そこには子どもも女性も男性も乗っている。そのエレベーターがある日、15階で止まってしまった。いつもエレベーターに乗っている人たちでも、一人は気を失うかもしれないし、一人はパニックになるかもしれない。電話をかける人もいるでしょう。毎日乗っているありきたりのエレベーターの状況が変わってしまう。そこでサスペンスが生まれます。私は自分の書いている物語の中のエレベーターを途中で止めます。すると、そのエレベーターの中にいる人たち一人ひとりのアクションが変わっていき、物語が生まれるのです」
人間とは何者か。監督の映画を見るたびにそう考えさせられる身としては、それが映画を作る理由なのだろうかと考えていた。そんな思いをぶつけると、ファルハディ監督はこう答えた。
「映画を作るのはすごく楽しいから。映画を作らない人生はつまらないと思っています。映画作りは側から見ると、人生において大切なことではありません。子どもの遊びのように思われている。私は子ども時代から離れずに子ども遊びをやっているのかもしれません」
(ライター・坂口さゆり)
※週刊朝日 2022年4月15日号